レポート
2015.08.04
カルチャー|CULTURE

シンガポール・カルチャーレポート vol.1:“The Projector”

シンガポールのカルチャーシーンを不定期で連載していきます。取材は弊社シンガポール駐在員の柏木良介です。

廃墟をリノベーションして“新しい映画館”として生まれ変わった“The Projector”のリジェネレーションの事例からみた都市とひと。

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キューブリック特集の上映@The Projector(Photo: Pieter van Goethem)
2015年1月、長らく廃墟となっていた映画館がリノベを経て新しく名画座「The Projector(ザ・プロジェクター)」として生まれ変わった。

「都市再生」、「旧建築のリノベーション」、「(映画を通じた)コミュニティの再生」、「クラウドファンディング」。昨今の「都市論」のトレンドを凝縮したかのようなこのプロジェクト。実は日本の話ではなく、東京23区と同程度の面積の島に約550万人が暮らす都市国家シンガポールでの事例である。

リー・クアン・ユー元首相の強力なリーダーシップの下、東南アジアのビジネスハブとして確固たる地位を築いた国シンガポールだが、カルチャー的な面白さという観点からは、まだまだ物足りないというのが東京からシンガポールに移り住んだ筆者の当初の感想だった。

しかし、よく目を凝らしてみると、シンガポールでもトレンドとなっている「自転車」「サードウェーブコーヒー」などの潮流と呼応するように、小規模ではあるものの、カルチャーを盛り上げようというローカルかつインディーな取り組みが動き始めていることに気がついた。

「The Projector(ザ・プロジェクター)」はそうした流れを象徴する存在であり、今年1月にオープンして以来、トレンドに敏感な若者や外国人らの熱い支持を得ている。

シンガポールのカルチャーシーンに確実に何かが起こりつつあるのでは? そのヒントを探るべく、同プロジェクトを手がけたシンガポールの新進気鋭の開発コンサル企業Pocket Projects(ポケットプロジェクツ)のメンバーで、現在は同館長として運営業務を統括するSharon Tan(シャロン・タン)さんに話を伺った。
 
聞き手: まずはPocket Projectsについて教えて頂けますか? 創業の経緯は?

Sharon(以下、S):  ロンドンでシティ・グループの不動産投資銀行の同僚だったKaren Tan(カレン・タン)Blaise Trigg-Smith(ブレイズ・トリグ スミス)が2011年にシンガポールで立ち上げた開発コンサル会社です。Karen とBlaiseはシティ・グループを離れた後、「リジェネレーション(都市再生)」を得意とするロンドンのデベロッパー First Baseでしばらく働いていました。

リジェネレーションというのは犯罪率や世間的なイメージが原因で、見過ごされたり放置されている地域の価値を見直して、最終的にはその地域の不動産価値を高めていくプロセスのことです。2人ともそこでの経験をとても楽しみました。意義のある仕事だと感じていたんです。Blaiseはロンドン・オリンピックの仕事にも携わっていました。ロンドン・オリンピックの主要会場にHackney(ハックニー)という地域が選定されたのは、そのエリアを再生したいというリジェネレーションの側面があったんです。

アジアにも同様のマーケットがあるのではと考えて、不景気が続いていたヨーロッパを離れてKarenがシンガポールに、Blaiseがインドネシアに拠点を移したのが2009年~2010年のことでした。その後2人でリジェネレーションに特化した開発コンサルの会社Pocket Projectsを立ち上げました。

その頃私はシンガポール政府下のURA(都市再開発庁)で働いていました。私も2人と同じ時期にロンドンでリジェネレーションに関する修士号を取得して、しばらく現地で働いていたんです。その後シンガポールに戻ってURAに勤務していたのですが、2014年、姉のKarenが設立したPocket Projectsに合流して、Pocket Projectsは現在の3人体制になりました。

私たちは3人ともロンドンで学んで生活して働くことを通じてリジェネレーションとカルチャーの良い部分を学んだだけでなく、双方が切り離せない関係にあることをよく理解するようになりました。Karenは当時イースト・ロンドンのBrick Lane/Shoreditch(ブリックレーン/ショーディッチ)に住んでいました。今ではすっかりジェントリフィケーション(再開発)れて小奇麗になりましたが、10年ほど前は、お金はないけれど若くて才能のあるローカルデザイナーやアーティストが集まるインディーでクールな地域として注目されるようになり、街をブラブラするだけで楽しい時代でした。Brick Laneよりさらにイースト寄りのHackneyの倉庫パーティーに皆で遊びに行ったり。

エリアが注目を集めるにつれてリジェネレーションが進行してどうしても地価が高くなってしまいますが、そうするとアーティストやカルチャーはもっと地価の安いところを求めて、どんどんロンドンの東側、都市の周縁に向かって移動していくんです。そういう緊張関係の中で繰り広げられるロンドンのカルチャーシーンを肌で感じた経験が私たちの共通体験になっています。


 
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Pocket Projectsがマレーシアで手がけたリノベ案件「The Rowで(Photo: Philipp Aldrup Photography)
ー Pocket Projectsがこれまでに手がけたプロジェクトについて教えて下さい。

S: シンガポールにも再開発の機会はたくさんありますが、私たちが面白いと思うプロジェクトはあまりありませんでした。伝統的な建物がたくさんあって、若くて才能のあるシンガポールの建築家も育っていますが、クライアントの利回りを考えると、クリエイティブを発揮できる余地は少ないんです。いかに手っ取り早く効率良く再開発出来るか、という視点で評価されてしまいがちですから。やっぱり地価が安ければクリエイティブを発揮する余地もあるけれどシンガポールではなかなかそうはいかない。この国の地価の高さはちょっと気がめいるくらいです。

そういう状況だからこそ、若い才能にプラットフォームを提供したいと思って最初に取組んだのがThe Lorong 24A Shophouseというプロジェクトです。Lorong24A通りに並ぶショップハウス(シンガポールの伝統的な建築物)8棟を、シンガポールの建築家8人がそれぞれにリノベするというプロジェクトでした。

通常、ショップハウスは物件オーナーもしくは借家人しか経験出来ないプライベートな空間ですが、伝統建築に対して一般の人々にも関心を持ってもらえるように、入居待ちなどの空室期間中はギャラリーとしても活用出来るように展示用のレールを取り付けるなど、一般の人々に開かれ場所としても機能するように各棟に工夫しました。その結果、これまで15以上のイベントがここで開催されるようになりました。イベントやパブリシティを通じてシンガポールの建築家のクリエイティブな側面を多くの人に伝えることが出来ました。もともとゲイラン(シンガポールの赤線地帯)という立地のせいで、不動産価格が伸び悩んでいた物件でしたが、このプロジェクトを通じて家賃は4~5倍まで上昇し、空室率も下がったので、プロジェクトのクライアントである物件オーナーの期待にも応えることが出来ました。そういう意味でもリジェネレーションの典型的な事例ですね。私たちがやらなければ、ありきたりのコンドミニアムに建て替えられてしまっていただろうと想像すると、このプロジェクトとの出会いはとてもラッキーでした。

このプロジェクトはURAからも表彰された他、各種メディアにも取り上げられたので、クライアントからの依頼が数多く舞い込むようになりました。そのうちの1つが、現在取組んでいるクアラルンプール(シンガポールの隣国マレーシアの首都)「The Row(ザ・ロウ)」というプロジェクトです。同じようにショップハウスのリノベ案件です。今のところショップハウス再生の専門家みたいになっているわね(笑)。

 
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映画館「The Projector」のロビー(Photo: The Projector)
ー ロンドンのリジェネレーションを経験した視点からすると、シンガポールのリノベーション・マーケットの特徴はどのようなところでしょうか?

S: シンガポールには、いわゆる「シンガポールらしい」デザインを支持する外資系企業の駐在員マーケットというものがかなりの規模で存在します。当然ながら彼らはショップハウスのような伝統建築も高く評価していますので、そういった物件のリノベ需要があります。そもそも昔ながらのクールなショップハウスは買うにしても借りるにしても非常に高値で取引されているので駐在員くらいの高給取りでないと手が届かないというのは残念な状況ですが、少なくとも伝統的な建物の価値を認めてお金を払ってくれる人達がいるということ、つまり伝統的な建物を保存出来るマーケットがあるのは幸いなことだと思います。

近年では、そういった海外目線からの評価だけでなく、一般の人々の間でも伝統的建築を見直す機運は高まっていると感じています。例えば、シンガポール人に人気の旅行先にマレーシアのペナン島のGeorge Town (ジョージタウン)があります。ジョージタウンが素晴らしいのは、街やストリートを歩いていると、とても「街っぽい」感じがすることです。住民が昔ながらのユニークな建物に愛着を抱いているのが分かるし、街がうまく年齢を重ねている感じがします。そういう街に、昔ながらの家族経営の商店と観光客ターゲットの新しいビジネスが入り混じっており、活気がある。古いだけでなく時代に即してアップデートしていく事が重要だと思います。完全なノスタルジーに陥るのではなく。ジョージタウンは伝統的な建物をイベントスペースとして再活用したり、そのバランスが上手くいっているように思います。ジョージタウンをシンガポール人がわざわざ訪れるのは、シンガポールでは失われつつあるそういう風景こそが、本当はクールなんだと感じる気持ちがあるからだと思います。

シンガポールでもTemporium(ショップハウスを活用したポップアップショップの集合体)や、Getai Ethnica(古ビルの屋上を活用した野外パーティー)のようなイベント、旧倉庫を改装したレストラン/ナイトクラブ kiloが人気を集めるなど、古い建物の魅力を現代風にアレンジした空間が注目を集めており、人々の選択肢が増えています。もっともっとこういう事が起きていくことを期待しています。

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旧建築ならではの螺旋階段が美しい@ゴールデンマイル・タワー
ー The Projectorのプレスキットに記載されていた「Communal Aspect of Cinema(共同的な映画体験)を取り戻したい」という表現が印象的でした。具体的にはどういうことを想定しているのでしょうか?

S: そうね、自分の経験から話すと、私たちの両親の世代は、映画を観ながらお喋りするのを楽しんでいたんです。スクリーンで何か起こったら、隣の友達と「かくかくしかじか」みたいにね。この前も、スタッフの両親がThe Projectorに『Mother 母なる証明』を観に来てくれたんだけど、上映中ずーっと喋っていたの。殺人のシーンで彼らが「気をつけてー!」って叫んで(笑)、それを受けて周りの人が「お静かにー!」みたいにね(笑)。共同的って言葉でイメージしたのはそういう感じかな。あるいは、シンガポールにあるインド映画館に遊びに行ったときも、観客みんなでお喋りしたり、拍手したり、歓声をあげたりして、とても共同的な感覚がありました。皆で映画に参加している感覚がすごく面白かったんです。でも最近ではそういう経験ってあまり一般的ではないでしょう?みんな静かに観ている。誰かがポテトチップスを食べているのもうるさい、っていう感じで(笑)。

もちろんシリアスな映画体験も大事ですが、でもそれだけじゃなくて、皆で楽しんだりする多様な映画体験を提供したくて様々な上映イベントを企画しています。例えば、コーエン兄弟監督の『ビッグ・リボウスキ』の登場人物に扮して、劇中に登場するカクテル、ホワイト・ルシアンを飲みながら作品を鑑賞するドレスアップ・ムービー・ナイトや、ジョン・カーペンター監督の『Big Trouble in Little China』に登場する「びしょ濡れの女性」や「(非ネイティブの中国人役俳優が喋る)アクセントが奇妙な中国語」といったハリウッド作品にありがちなステレオタイプを升目にしたカードを事前に配って、作品を鑑賞しながらビンゴを楽しむバッド・ムービー・ビンゴといったイベントです。皆で笑ったり喋ったりしてすごく楽しかったわ。そういうイベントに来る人は、企画を楽しんでやろうという遊び心ある人が多いからすごく盛り上がるんです。もちろん、そういうのが嫌いな人は来ないけど、それはそれでオーケーよ。皆それぞれの嗜好があるからね。映画館として大事なのは、様々な映画体験を提供することだと思っています。静かに鑑賞するシリアスな体験も、とにかく皆で楽しむという体験も。
 
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館内通路を彩るのはシンガポールのアーティスト、Speak Crypticによるグラフィティ@The Projector
ー The Projectorは意欲的な上映イベントを企画するなと思っていたのですが、そうしたイベントの開催がCommunal Aspect of CinemaというThe Projectorの設立意義とつながっていることがよく分かりました。でも、そもそもなぜ映画だったんでしょうか?オンライン視聴サービスや海賊版の流通などの逆風が吹く中で、映画館運営というのは困難なビジネスというイメージがありますが、The Projectorのプロジェクトに取組むことを決めた理由は何ですか?

S: 建築家の友人から、映画館が空き家になっているので何か面白い事出来ないかな、と最初に紹介されたときは、別のプロジェクトで忙しかったこともあってしばらく放っておきました。でも、ある日たまたま、旧友で映画キュレーターのGavin(ギャビン)と話す機会があって、それをきっかけにして話が進み始めました。でもGavinもKarenもBlaiseも、成功の確信はありませんでした。今時映画館?みたいにね(笑)。それでも不動産投資銀行でのノウハウを活用して、何ヶ月もプロジェクトを精査して、ファイナンシャルモデルやリスクを勘案した上で、取組むことにしました。「シャロン、この案件、Goよ!後は任せたわ」という感じで(笑)。取り組みが決まってからは、私が改修から運営に至るまで専属で担当しています。

いざ運営を始めてみると、他に同じような価値を提供している場所が無いので、マーケット的には可能性を感じています。けれど一番の困難は、映画館ビジネスそのものの難しさというよりも、自分の成功にお尻を噛まれてしまうというシンガポール特有の事情です。プロジェクトが成功して不動産価値が高まった途端に、物件の新しい買い手候補が集まってくるんです。そういう人達がこの場所の下見に来たこともあります。そういうのを見るのは、すごく怖いし、いつ追い出されてもおかしくないという不安定な状況です。とても残念な事ですが。

それはともかく、The Projectorがあるゴールデンマイルというエリアも気に入っています。どちらかというと怪しげな界隈ですが、中心地からも近いですし、エリアの歴史がとても興味深いんです。この地区一帯はシンガポール政府が60-70年代にかけて主導した都市再開発のキー・エリアで、当時のトレンドを意欲的に反映した建築物が建ち並ぶエリアなんです。

例えばThe Projectorと隣接する「ゴールデンマイル・コンプレックス」は日本の建築家が主導して世界的な影響を与えた建築ムーブメント、メタボリズム建築の名作とされていますし、少し後の時代になりますが、米国の建築家ポール・ルドルフによるオフィスビル「コンコース」もゴールデンマイルの再開発を象徴する建築物ですし、The Projectorが入居するゴールデンマイル・タワー」も建築的な見所のある特徴的な建物です。

もっとクールなのはビーチ・ロードの歴史です。The Projectorが面しているビーチ・ロードにはかつて小規模のシネマハウスが立ち並んでいたんです。1887年にビーチ・ロード沿いに開業したシンガポールのランドマーク「ラッフルズ・ホテル」が建つよりもさらに前の時代のことです。当時はビーチ・ロードが文字通り海岸線だったから、みんな海に遊びに来るついでに映画観ていたんです。クールな時代ですよね。

もう1つクールなのは、父が幼かった頃、彼が学校に通うのを経済的に支援してくれた後見人がいて、私たちはその人のことを大叔父さんって呼んでいるんですが、彼はかつて映画館のオーナーだったんです。北朝鮮にコミュニスト映画を買い付けに行ったりしていたっていう! クールでしょ? 今はその映画館は無くなってしまったけど、幼い頃は家族で大叔父さんの映画館のボックス席に通っていました。大叔父さんとは血はつながっていないけれど、映画好きの血は受け継いだのかもしれません。大叔母さんは、私たちが映画館運営に取り組むと知って、何で映画館なんて難しい事業に手を出すのよ!って嘆いていたけれど(笑)。
 
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大友良英「Far East Network」のライブ@The Projector
ー  The Projectorはたくさんのストーリーが交差する場所なんですね。大叔父さんのエピソード、とてもクールです! The Projectorにまつわるストーリーを踏まえた上で、上映作品の選定基準はありますか?

S:幅広いジャンルの作品を上映していますが、基準があるとすれば、良い映画であることです考えさせるような何かがあるということ。あとは限られた買いつけ予算の中で手が届くことです。単独での買い付けもあるし、大手の配給会社と共同で買い付けることもあります。その場合は2番館の扱いですね。
 
 ー 音楽ライブやチャリティ・イベントの開催など映画上映以外の企画にも積極的に取り組んでいますよね。2015年の4月にThe Projectorで開催された、「大友良英Fer East Network」のライブも素晴らしかったです。映画館=イベントスペースとしての可能性をどのように考えていますか?

S:イベントに関しては、もともと上映スクリーンの前にステージを設置してイベント対応可能な仕様にリノベしていましたが、2015年1月のObservatory(シンガポールを代表するインディー・バンド)のライブ公演をきっかけに、私たち自身、改めて映画館=イベントスペースとしての可能性を確信しました。

傾斜のある映画館の席からだと、どの席からでもミュージシャンの表情や手元がよく観れるんです。とくに手元が気になる実験音楽のライブとは相性が良いと思っています。それに気付いた時は、オーマイゴッドっという感じでとても興奮しました。実際に、彼らが実験音楽のライブチケットを売り切ったのはその時が初めてだったそうです。その時はObservatoryのドキュメンタリー映画も併せて上映しました。Observatoryも結成当初からすごく変化しているから、映画で彼らの音楽的な変遷を辿った後に、現在の彼らの姿をライブで見せる事が出来たのは素晴らしい経験でした。このライブの成功が口コミで広がって、ライブ公演の問い合わせも多く届くようになりました。ちょうど今夜もユニバーサル・ミュージック主催のシークレット公演が開催されます。

イベントに関しては、ローカルなクリエイターやムーブメントを支援していきたいと考えています。最近の例だと、フリーダム・オブ・スピーチ(言論の自由)に関するイベントの開催を支援しました。もともと言論の自由に関するファンドレイジングを目的としたレクチャーや議論が中心になる予定だったのですが、私たちが買い付けていた映画『テヘラン』を彼らのイベントに続けて上映することにしたんです。映画上映を組み合わせる事でレクチャー単独のイベントよりもチケット価格を高く設定出来るでしょう。私たちとしても感度や意識の高い人達に映画を知ってもらうきっかけになります。『テヘラン』は表現の自由に関する映画なので、イベントとの親和性もばっちりでした。実際、レクチャーを聴講した人のほとんどが、その後の映画上映まで残ってくれました。この時はイベントの場所代に関しても、先払いを免除して利益分配方式で対応しました。料金設定に柔軟に対応することで他の場所との差別化にもつながると思います。お金の事はあまり気にせずに、と言うと言い過ぎですが(笑)、演劇だったり音楽だったり、多様な表現に、The Projectorのスクリーンを活用したミックス・メディア公演を試みて欲しいと思っています。私たち自身、そういうものを観てワクワクしたいと思っています。
 
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The Projector館長のSharon Tan(シャロン・タン)さん
ー 実際に映画館の運営を始めてみてどうでしたか? プロジェクト・プランニングの段階では想定していなかった困難や良い意味での驚きはありましたか?

S:私たちのバックグラウンドはコンサルティングなので、実際にリアルな場を運営するのは初めての経験でした。ゴミを片付けたり、トイレを掃除したり、バックヤードの在庫管理をしたり。古いビルを改装したことに伴うトラブルは想像以上でした。旧式の電源がトラブってプロジェクター機器に影響を与えたり、水漏れがあったり、スクリーンのカーテンが急に動かなくなったり。技術的な事は門外漢なので、トラブルの度に「いったい何が起こっているの?」みたいな(笑)。それに伴うを費用も想定以上!

そういう問題はありましたが、いろんな人からのサポートも想像以上でした。クラウドファンディングも成功しましたし、つい最近も資金援助の申し出を頂きました。

また、私たちがいつか手を引いていなくなっちゃうんじゃないか、と心配している人たちがいるのも肌で感じています。さきほどの、自分の成功にお尻を噛まれる話とも通じるのですが、シンガポールでは「何かクールなものが現れたら、それは危機にさらされているに違いない」という感覚があるんです。これはシンガポール特有の感覚だと思います。いずれにせよ、人々が「The Projector」に愛着を持ってくれているのを感じるのはとても嬉しい事です。

ー シンガポールに住んで1年足らずですが、その感覚、すごーくよく分かります。「Projector」には例外になって欲しいと強く願っていますし、その為にも、自分がしっかり通わなければ、という使命感を勝手に抱きました。きっとそういう風に感じているファンが多いんじゃないでしょうか。ファンと言えば、プロジェクト資金の一部をクラウドファンディングで調達していますね。パルコでもBoosterというクラウドファンディングサービスを運営しているんですが、クラウドファンディングを活用してみてどうでしたか?

S:クラウドファンディンサービスの「indieagogo(インディー・ア・ゴーゴー)」で464人から54,675シンガポールの支援を達成しました。何はともあれ、真剣にお金が必要でしたので嬉しかったですね(笑)。

でも実際にはそれ以上の素晴らしい点がありました。それは、クラウドファンディングがその後も優れた記録となることです。クラウドファンディングのサイトに当時自分が投稿していた記事を今でも時々読み返しています。記事を読み返して、どれくらい自分たちが成長したかを考えてみるんです。日々の業務に追われていると、当時の想いを忘れてしまいがちでしょ。「また「Projector」が壊れた!」なんて時には特にね(笑)。
過去の記録を振り返ると、本当に重要な事は何かを思い出させてくれます。

このプロジェクトは、自分たちが楽しそうだから、と思っただけじゃなくて、それを支えてくれる人たちがいたから実現出来たという事も思い出させてくれます。つまり、経済的な側面だけでなく、誰のためにプロジェクトをやっているのか、そしてプロジェクトの原点は何なのか。そして、その原点に照らし合わせて自分たちの現在地を参照する事が出来る、ということです。私たちのプロジェクトは日々進化しているけれど、参照出来る原点を記録として残しておけたことは素晴らしいことだと思っています。

そういう自分たちのルーツや想いをお客さんにも知って欲しいので、クラウドファンディング用に作成した、廃墟になっていた映画館を再生させるまでのプロセスや想いを込めた映像を、今でも映画上映前のスクリーンで流しています。上映前のスクリーンやYoutubeでその映像を見た人たちが映画館のロビーで私たちに声をかけてくれるのも嬉しいですね。

このインタビューを書き起こしている最中にも、シンガポールで最後のポルノ映画館が閉館、というニュースが飛び込んできた。独立系映画館を取り巻く状況が厳しいのは日本もシンガポールも変わらない。

人々に見過ごされて放置された都市空間の周縁と同じように、こうした映画館もまた人々に忘れられて再生を待つ文化の周縁なのだと思う。しかし、Pocket Projectsのメンバーが体験したロンドンのブリックレーンにしても、ニューヨークのブルックリンにしても、クールな都市空間はそうしたぎりぎりの周縁から生まれてくる。

本来コンサル企業のPocket Projectsがわざわざリスクを取ってまで独立系映画館運営という異業種に参入したのも、映画館というぎりぎりの文化空間こそがクールに生まれ変わる可能性があることを、都市空間再生の経験を通じて直感していたからだろう。この「ぎりぎり」の感覚を見抜く目利きたちが都市を面白くしていくのだろう、自分たちの映画館について本当に楽しそうに話してくれるシャロンさんの話を聞きながら、そんな事を考えていた。

取材・文:柏木良介/PARCO(Singapore)Pte Ltd.



The Projectoer(ザ・プロジェクター)

6001 Beach Road
Golden Mile Tower (NOT COMPLEX!)
#05-00
Singapore 199589


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