■都市のコード論:NYC編  vol.04 
レポート
2015.07.24
カルチャー|CULTURE

■都市のコード論:NYC編 vol.04 "Coffee Shop"の分布からみる都市の構造とライフスタイル

在NYC10年以上のビジネスコンサルタント、Yoshiさんによるまち・ひと・ものとビジネスの考察を「都市のコード論:NYC編」と題し、不定期連載しています。

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凡例:オレンジがマンハッタン、ライトブルーがブルックリン、イエローがクィーンズ

ここ数年、コーヒーの話をよく耳にする。ニューヨークではコーヒーハウスがあちこちでオープンしており、そのなかのいくつかは日本にも出店し、話題となっている。書店でコーヒーが飲めるのは当たり前になり、コーヒーを出すアパレルの店舗も少なくない。

フード・ジャーナリズムとでもいうべきGrub Street(www.grubstreet.com/)は、いつもコーヒーの情報が紹介されている。厳選したコーヒーハウスを集めたアプリもある。だがコーヒーハウス全体のロケーション分布についてはほとんど目にすることがない。そこでマップをつくってみた。

ニューヨーク市保健精神衛生局による市内の全飲食店を対象とした例年の衛生検査の結果が、オープン・データ (https://nycopendata.socrata.com/) として公開されている。

49万行から成るデータセットから「コーヒーハウス」と考えられる店舗を抽出した結果、2015年時点で市内には1,804件の「コーヒーハウス (一部お茶を含む)」 があることがわかった。

市の人口は8.5百万人だ。住民約4,700人あたりに1件のコーヒーハウスがあることになる。ニューヨーク市は5つのボロウ (区) から成り立っている。ボロウ別にみると、コーヒーハウスの半数近くがマンハッタンに集中していることがわかる。 

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https://fafsp.cartodb.com/viz/f282ca08-1c7d-11e5-8c3a-0e8dde98a187/public_map


<表1. コーヒーハウスの店舗数>
マンハッタン  865件
ブルックリン  429件
クイーンズ   344件
ブロンクス 116件
スタテン島    50件    
------------------------------         
ニューヨーク市 1,804件

人口あたりでみると、最も簡単にコーヒーにありつけるのはマンハッタンで、最も苦労するのはブロンクスだ。人口あたりのマンハッタンのコーヒーハウスの数はブロンクスの6.5倍になる。

マンハッタンは市の中心だ。そこに住んでいなくても、仕事や学校で毎日マンハッタンに通う人は多い。コーヒーハウスの密度が高いのも当然かもしれない。
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ニューヨーク・ミッドタウンは“歩き飲み族“が多い。
 
独立系のコーヒーハウスが増える理由

近年増えているのはインディペンデント (独立系) のコーヒーハウスだ。大規模な展開を行うチェーンとは違い、「クラフト・コーヒー」を標榜し、メニューから店舗のつくりまで、新しい試みに取り組むところが多い。

コーヒーといえばスターバックスを連想する人もいるかもしれないが、ずいぶん前からスタバはコモディティ化しており、“スタバに行かない人”という消費行動グループのマーケティング分析も盛んになっている。その結果、ニューヨーク市ではコーヒーハウスの過半数 (56%) を独立系が占めるようになったともいえる。

イスを置かないイースト・ビレッジのアブラソ (http://www.abraconyc.com/) 」や、缶入りのラテを始めるラ・コロンビ (http://www.lacolombe.com/) 」などは人気のコーヒーハウスだ。

ボロウ別にみると、マンハッタンでの独立系の比率は59%ブルックリンは66%と高い。一方ブロンクスは32%スタテン島は28%と独立系が減り、チェーン比率が一気に高まる。

<表2. 独立系コーヒーハウスの比率>
マンハッタン 59%
ブルックリン 66%
クイーンズ 50%
ブロンクス 32%
スタテン島 28%
---------------------------
ニューヨーク市 56%

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https://fafsp.cartodb.com/viz/53477c06-1c8f-11e5-bea1-0e5e07bb5d8a/public_map


ニューヨーク市内のコーヒーのチェーン店の98%はスタバとダンキンドーナツが占めている。そこで、今度はスタバダンキンに限定してその分布をみてみよう。

すると、マンハッタンではスタバがチェーン店の60%ダンキンは38%を占めていることがわかった。ところがブルックリンではダンキンの比率が79%に逆転し、クイーンズでは82%、ブロンクスではさらに92%まで高まる。マンハッタン以外のチェーンはほぼダンキンといっていいだろう。同じチェーンとはいっても、ダンキンと比べるとスタバは依然高価なブランドだ。マンハッタン以外で「ダンキン比率」が一気に高まる理由のひとつには、当たり前だが、住民の所得が関係しているのだろう。

<表3. チェーン店舗に占めるダンキンの比率>
マンハッタン 38%
ブルックリン 79%
クイーンズ 82%
ブロンクス 92%
スタテン島 81%
----------------------------
ニューヨーク市 62%
 
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https://fafsp.cartodb.com/viz/dd14d58a-1c91-11e5-8d6f-0e6e1df11cbf/public_map

 
 

コーヒーハウスが語る街のボーダー

次にそれぞれのボロウ内での分布をみてみよう。同じボロウの中でもそのロケーションや分布は大きく異なる。

マンハッタンは全域でコーヒーハウスが多いが、ダウンタウンはそれぞれ個性のある独立系の店が多く、ミッドタウンはチェーンの比率が高いことがわかる。

高層のオフィスタワーが林立するミッドタウンと、低層中心でスタートアップやデザイン・ビジネスが増えているダウンタウンの性格を反映しているといえるだろう。タイムズ・スクエアやグラウンド・ゼロ近辺のロウワー・マンハッタンなど、観光客が多い場所にはスタバが密集している。なにしろニューヨークには世界中から1年に54百万人が訪れる。いまやグローバル企業であるスタバにとっても大きな商機のはずだ。

ブルックリンはイースト・リバーの東のウォーターフロントで密度が高く、その多くは独立系の店だ。近年さかんに伝えられるブルックリンのイメージと合致するだろう。

ブルックリンの後を追うかのようににわかに注目されるクイーンズも、ロング・アイランド・シティやアストリアなどのイースト・リバー近くに独立系のコーヒーハウスがみられる。

だがブルックリンやクイーンズでは、ウォーターフロントからさらに東へ行くにつれてコーヒーハウスの数は少なくなり、代わりにチェーン店が増えてくる。

趣向をこらした独立系のコーヒーには個性があるが価格は高い。ジェントリフィケーションが加速する一方で、ブルックリンの東部は依然貧しく、生活水準はむしろ悪化しているのが現状だ。独立系店舗とダンキンへの二極化が、ふたつに引き裂かれる今日のブルックリンを示している。

独立系の店舗は互いにひきよせ合うようにクラスターを形成していることが多い。だがブルックリンやクイーンズの東部では、大きな道路沿いにダンキンが一定の間隔をおいて点在する。

ニューヨークは米国で最も自動車に依存しない都市だ。マンハッタンでは世帯の23%しか自動車を保有していない。だがマンハッタンから離れるにつれて自動車の保有率は高くなる。

<表4. 自動車保有率>
マンハッタン 23%
ブルックリン 44%
クイーンズ 64%
ブロンクス 46%
スタテン島 84%
----------------------------------
ニューヨーク市 44%


そして、同じブルックリンやクイーンズの中でも、東に行くほど自動車の保有率が高くなることが統計でわかっている。マンハッタンから離れるほど、自動車中心の「アメリカ」に近づく

チェーン店と自動車には密接な関係があるようだ。「ウォーカブル」なマンハッタンやブルックリンのウォーターフロントに独立系が多いこともそれを示唆している。

「ニューヨーク市内の郊外」といわれるスタテン島にチェーンのコーヒーハウスが多いのも不思議ではない。
 
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<NYCのコーヒーハウスの分布:店舗数とブランド(資本)の関係>凡例:キミドリが1店舗のみ、イエローが2〜5店舗展開、ホワイトが6~9店舗、ブルーが10〜199店舗、赤が200店舗。詳しくは本文にあるmapのリンク先へ。
“88%が独立系“というNYCのコーヒーハウスビジネス

コーヒーハウスの分布が教えてくれることはロケーションだけではない。

市内の1,804件のコーヒーハウスは、818種類のブランド/ビジネスが経営している。平均すると、1ブランドあたり2.2件の店舗を展開していることになる。

ところが実際には、1,804件のうち723件は1店舗のみ運営するコーヒーハウスだ。市内に存在する818種類のコーヒー・ブランドのうち、88%は1店舗経営ということになる。

その一方で、スタバとダンキンの2社だけで775店舗を展開し、市内のコーヒーハウスの43%を占める。

市内に展開する店舗数別にブランドの数をみてみると、店舗数が減るにつれて、それを運営するブランドの数が急速に増えていくことがわかる。

<表5. 展開店舗数別のブランドの数>
491店舗    1 (ダンキン)
284店舗    1 (スタバ)
14店舗    1 (バーンズ・アンド・ノーブル)
12店舗    2
 9店舗   1
 7店舗   2
 5店舗   6
 4店舗   9
 3店舗   15
 2店舗   53
 1店舗   723

 
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ソーホーとブルックリンに計3店舗運営している“Gimme! coffee”は、毎朝〜夕方まで地元の人で賑わっている。

「多様性と偏り」 が示す、都市生活者(メトロポリタン)像


圧倒的多数のスモール・ビジネスがひしめく一方で、一握りの巨大なプレーヤーが市場の大多数を支配する。

ウェブサイトのアクセス数や投資のリターンなど、およそ社会とよばれるあらゆる局面でこのことは観察されている。ニューヨークのコーヒーハウスにもよく似たことが起きている。

ニューヨークには平均が存在しないとよくいう。「平均的なニューヨーカー」ほど想像しづらいものはない。

もちろん多くの都市で同様の傾向はみられるだろう。だが多くの点で、ニューヨークはその偏りがとりわけ大きい。「多様性と偏り」。これほどニューヨークを適切に表す言葉はないだろう。

個人の富から住民の人種、土地のロットのサイズまで、平均値が意味をなさないのがニューヨークだ。コーヒーハウスの分布も同様の「ニューヨークのふるまい」をみせている。

東京にも同じ傾向がみられるのだろうか。パリはどうだろう。ほかの都市も気になってくる。分布や偏りの特徴に、それぞれの都市の個性をみることができるのかもしれない。
 


 
  
●NYCのCOFFEE SHOPシーンを知るためのガイド
 
The New York Coffee Guide 
(NYCにあるコンサルティング会社Allegra STRATEGIESによるコーヒーガイド。16.99ドルでコーヒーハンドブック2016年版も販売している)

NEW YORK EATER: “25 Outstanding Coffee Shops in New York City”
(NYの食文化関係の情報サイトの特集ページ:NYCは独立系のコーヒーショッップがたくさんあるので、どこがいいのかを探すのが難しい人のためのベスト25ガイド)


 
THRILLIST:”Best 30 Coffee Shops in NYC”
(THEILLISTメディアグループが世界各国約15百万人に対して配信しているニューズレター・メディア(ECも行っている)で、NYCのベスト30のコーヒーショップを紹介している)


“ZAGAT”:“10 Hottest Coffee Shops in NYC”
(ガイドブック“ZAGAT”でも今イケてるコーヒーショップベスト10を紹介)している

 

 

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SEA-NYP
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SEA-NYP

8月最後の週末にシアトルからニューヨークまで列車で横断することにした。そう言うと、なぜそんなことをするのかとたずねる困った人が時々いるが、もちろん理由などない。そうしたかった、それだけだ。強いて言えば、特に夏らしいことをしていなかったからとでも言えるかもしれないけれど、それなら列車で横断するのは夏らしいことなのかとたずねられるかもしれないので、やはり理由や目的といった、もっともらしく聞こえるくだらないことを云々するのはやめて、さっさと駅に向かおう。 この国を横断して走る長距離列車アムトラックのシアトルの駅はダウンタウンにある。空港と違って、列車の駅は各都市の中心地にあって便利なのだ。 シアトル駅 (SEA) を午後4時55分に出発する「エンパイア・ビルダー号」は出発から2日後の午後4時前にシカゴに到着する予定で、そのシカゴでさらにニューヨーク行きの列車に乗り換えて、そこから21時間後にニューヨークのペン駅 (NYP) に到着するのが全体の旅程になる。3日間かけて西海岸から東海岸へと移動するわけだが、なにしろ遅延の多いアムトラックのことだから、予定通りに走ればという大きな条件がつくことになる。 オンラインで予約したチケットを駅の案内所で受け取ろうとすると、名前 (ラストネーム) をたずねられただけで、IDの提示を求められることはなかった。 滞在に必要な正式な書類をもたずにこの国で暮らす移民は数多くいるが、彼らが長距離を移動するときにはアムトラックを利用することが多い。フライトではパスポートなどの提示を求められることからリスクが伴う。アムトラックがチケットの受け取りにIDの提示を求めないのは、そうした事情の上にある不文律なのかとも思えてくる。 シアトルを夕刻に出発し、海辺に沿って走る車内に注ぐ陽の光は勢いを失った夏の色をしていた。 シアトルを出たときには半分ほどしか埋まっていなかった席も、シアトル近郊の町で少しずつ乗客を集めながら走ることで徐々に埋まってゆき、しばらく空いていた隣の席にも女性が座った。モンタナで一人で暮らす年老いた母親を定期的に訪れているのだという。旅は道連れというけれど、この隣に座った女性はモンタナのグラスゴーで降りるまでの向こう24時間の道連れということになる。 今回の列車の旅で残念だったことは、食堂車が寝台客の利用のみに制限されていたことだった。長距離列車の最大の楽しみといえば食堂車なのに、その楽しみは出発後間もなく潰えてしまった。車中のアナウンスによると、アムトラックでもやはり人手不足が続いているようで、多くの乗客を食堂車に受け入れるにはスタッフの数が足りないということらしい。 隣に座った道連れは、食堂車が利用できないことを事前に聞きつけていて、多くの食べ物をもちこんでいた。なかなか準備がいい。こちらは食べ物をもちこもうにもシアトルの駅には売店が一切なく、さらに周辺にも食料品店はないときていて、そんな飢えた者を憐んでのことか、食堂車で一般乗客にテイクアウトで販売する「ラスト・コール」でホットドッグを確保した。このラスト・コールを逃すと、翌日の午前6時半まで飲み物も食べ物も何も手に入れることができない。 シアトルを出て8時間後の午前1時頃にワシントン州東部のスポケーンに到着。ところがここで3時間列車は動かないという。乗客の多くは寝ていて、列車がずっと止まっていることにも気づいていないらしい。 しばらくすると、プラットフォームに出ていた道連れが席に戻ってきて、車掌と話しをしたところ、このスポケーンで連結することになっているオレゴン州ポートランドからの列車が3時間遅れていて、そのためここで3時間待つのだという。すぐ誰にでも話しかけるお喋りな人はどこにでもいるものだけれど、この道連れは耳よりな情報を嗅ぎ分けてもち帰ってくる。 アムトラックは第三者が所有する様々な線路を利用して運行していて、その線路利用には種々のルールがあると聞いたことがある。線路によってはアムトラックのような旅客列車よりも貨物列車を優先するところも多い。ポートランドを出た列車はワシントン州の南部のルートを走ってあちこちで乗客を拾いながらこのスポケーンで合流することになっているものの、その途中で長時間停車した貨物列車に遭遇し、アムトラックも動くことができなかったそうだ。こうした場合、貨物列車が動くのを待つ以外にアムトラックにできることはない。 スポケーンで停車中の3時間は、乗客は好きに車外に出ることができる。陰鬱な天候で知られるシアトルがシアトルらしくない暑さだったのとはうってかわって、内陸のスポケーンの真夜中過ぎはずっと涼しく、季節がふたつ先に進んだようだった。 煙草を吸うために定期的に席を立ち、プラットフォームをぶらぶらしていた道連れが戻ってくると、駅を出たところにバーがたくさんあるから飲んできたらどうかと車掌が言っているという。 電車が立ち往生したことで、降りるはずのなかった見ず知らずの町で午前3時にバーにくり出してみるとは魅力的な案だ。もう少し早く教えてくれたら駅を出て徘徊したのに。世の中の多くの人が眠っているこの時間に、知らない町で知らない人と人知れず話しをすることにはどこかひそやかな楽しさがある。3時間の遅延もそう悪くはない。 ポートランドから到着した列車と連結し、ようやくスポケーンを出るとすぐにモンタナ州になり、しばらく走ると夜明けが訪れた。 モンタナ州に入るとドラマティックな景観が次々と展開される。 列車が停車する駅のなかには10-15分停車するところもあり、その場合には乗客も外に出て、新鮮な空気の小休憩をとることができる。プラットフォームにいる乗務員が”All aboard!”と叫ぶのが出発の合図で、それを聞くと乗客はぞろぞろと車内に戻ることになる。外に出て休憩できる駅に着く前にはその旨車内でアナウンスがあるが、外に出てもいいが遠くに行くと置いていくぞと警告があるのもお決まりなのだ。 近代は列車とともに始まると書いた歴史家がいたが、このいかにも大袈裟で巨大な機械仕掛は現代には属していないように思えてくる。その歴史家は列車に関する本を書くと言いながら実現することなく亡くなってしまったが、21世紀にどのように列車を記すつもりだったのだろう。 モンタナ州で育った道連れは、シアトルとモンタナの往復を何度もしていて、この路線のことをよく知っている。エンパイア・ビルダー号のいいところのひとつは壮大なグレイシャー国立公園を走り抜けるところだが、眼下に川を臨みながら走る名勝は20分ほどしか続かない。もうすぐそこに通りかかるから、今のうちに展望車に行って、進行方向に対して左側の席を確保した方がいいと教えてくれた。 モンタナは巨大な州だ。ずいぶん前にやはり東海岸と西海岸をアムトラックで横断したときに、6時間走ってもモンタナの景色が変わらず閉口したと道連れに告げると、6時間ではなく12時間だろうと言って笑い、モンタナは巨大すぎると誰に対するものなのかわからない不満を漏らした。 24時間の道中で、道連れとはいろいろなことを話すことになった。最も長く話したのは大学のことかもしれない。 道連れの子供は二人ともいまワシントン州立大学 (UW) に通っていて、卒業後に何をするのかわからないまま高騰を続ける授業料を払って大学にやる、どの親にも共通するちょっとした不安をやはり抱えているようだった。 米国の州立大学では、その州内に住む人は授業料が安くなる。その裏返しというわけか、州立大学のなかには、正規の授業料を払う外国人や州外からの学生に授業料収入を依存するところも少なくない。そうした事情が関係しているのかどうかはわからないが、UWの学生の出身国は実に様々だと道連れは強調しながらも、中国出身の学生のネットワークはあまり目にしないとつけ加えた。 中国人にはカナダのヴァンクーヴァーを好む人が多く、そこに不動産を買って、子供の教育を受けさせる家族も多い。そのことを言うと、「そうかもしれないけれど」としながら、ヴァンクーヴァーにはUWのような一流校がないというのが道連れの返答だった。 シアトルの人がカナダのヴァンクーヴァーに言及するときには「ヴァンクーヴァー、BC」という言い方をする。BCはブリティッシュ・コロンビア。ヴァンクーヴァーという地名はオレゴン州との州境に近いワシントン州にもあり、ワシントン州のヴァンクーヴァーと余所の国のヴァンクーヴァーを区別するためだ。おかげでこちらも、道連れがモンタナで降りるまでは「ヴァンクーヴァー、BC」とアメリカ北西部語を使い続けた。 道連れがわざわざ外国人学生のことを話題にしたりするのは、隣に座った外国人に対する配慮なのかもしれないが、ひょっとしたら道連れが聞きたかったのは、なぜ彼女の道連れの外国人がこの国で暮らすことになったのかということだったのかもしれない。はるか遠くの国からわざわざこの国の学校にやってきたのには理由があるはずだし、道連れの子供が通う学校に多い外国人学生のことを理解する一助になるのかもしれない。 それでも直接そう聞くことをしなかったのは、その質問が外国人風情の人に「どこから来たのですか」とたずねることと同じくらい失礼なことだと思ったのかもしれない。 「どこから来たのですか」。他意のないその質問は、「あなたは他所からやってきた人で、この国に属していない」ということを知らしめることにもなり、私たちの国と他所からやって来たあなたの間に優しい言葉で濃い線を引き、深い溝を刻む。 いわゆるリベラルな人たちの間ではそれは常識らしく、シアトルに住み、自分が育ったモンタナの保守的なところにしばしば批判的な道連れも、その一人であるのは間違いない。 ニューヨークでは「どこから来たのですか」とたずねることは失礼ではないと誰かが言うのを聞いたことがある。この街に住む人は大方どこか別のところから来ているわけだから、誰もが余所者なのだ。余所者ばかりの街で「どこから来たのですか」とたずねるのは、人と初めて会ったときに最初に出てくる当たり前のきっかけであり、少しも失礼なことではないというのがその言い分だった。 反対の見方もある。ニューヨークに住む人の大半は余所からやってきた人たちであり、この国に暮らすことになったいきさつなど、石を投げたらあちこちで当たりすぎて話など聞いていられない。なぜこの国にやってきたのか、そんなことはどうでもいい。それよりも今あなたは何をしているのか、そのことが大事なのだ。仮に生まれた国を必然とするなら、必然ではない場所に住む、自分と必然性のないところに暮らす楽しみだってある。 長距離列車の車内は、断続的に立ち上がるコミュニティ群とでもいうべきところがある。必然性のない隣に座り合わせた人と、どこへ行くのか、そこで何をするのかから話しを始め、高速で共通項を検索する。 展望車の隣の席から聞こえてくる話の断片によると、この展望車で隣合わせになったボストンからやってきた事業家の夫婦とミシガンの事業家夫婦の間には、話を始めて15分のうちにいくつもの共通点があることがわかり、それ以来その二組の夫婦は双子のようにずっと車内で行動を共にしていた。これは似た者同士の必然なのかもしれない。 それを言えば、シアトル近郊に住む道連れにとって不幸だったことは、隣に座った外国人との間に共通項がありそうにないことだった。私は日本にもニューヨークにも行ったこともないし、最も東に行ったのはシカゴまでだと話していたのはそのためなのだろう。 道連れにとって多少幸運だったのは、もう10年以上も前になるけれど、毎月のように頻繁に訪れていたことで、彼女の道連れがシアトルを多少知っていることだった。実際久しぶりに訪れたシアトルでは多くのことが変わっていた。 SeaTac空港が大々的に改修されていたこと、空港からダウンタウンまで3ドルでライト・レールが直結していたこと、ウォーターフロントを走っていた高速道路が取り壊されていたこと。なにより人の雰囲気がずっと明るく感じられた。珍しく天気が良かったせいかもしれないが、あちこちに2020年代へのアップデートが進んでいる印象が強く感じられた。 そうしたことを話していると、この道連れは驚いたことに、ライト・レールや水上タクシーなどシアトルの交通手段を運営する所管を詳細に知っていて、そのあり方について独自のオピニオンをもっていた。 おそらくはネイバーフッドの打ち合わせに頻繁に顔を出しては発言したりしているタイプなのだろう。話の内容によっては「シアトル、つまりキングス郡」と地理上の単位を正確に規定し直してみたりと、どうもこの道連れには都市の蓋を開けてしまった人の匂いがする。道連れの方でも、この外国人は会話のおかしなところばかりに食いつくのだなと思っていたに違いない。 スポケーンでの3時間の遅延をそのまま持ち越して、予定よりきっちり3時間遅れで到着したモンタナ州のグラスゴーで、24時間の道連れは降りていった。道連れのおかげでモンタナに少し興味が出てきた。 二日目の朝。 セントポール。この後ミシシッピ川を越えてウィスコンシン州に入り、ミルウォーキーを経てシカゴに向けて南下する。 出発から48時間後にようやくシカゴに到着。スポケーンで3時間遅れたものの、シカゴ着は予定より2時間15分遅れだった。シカゴでの乗継ぎを逃してしまった乗客も多くいたらしく、アムトラックの係員と対応について話しをすることになるらしい。 ニューヨーク行きの列車の出発まで4時間ほどあるため、駅の中にあるバーで休憩することにした。駅のバーに相応しい場末感がたまらない。なぜ空港はどこもあんなに恥ずかしくピカピカにしてしまうのか。雑多な人たちが集まっては去ってゆく場所には固有の魅力がある。せっかくシカゴなのだからとおすすめのシカゴのビールをたずねて出してくれたビールは確かに美味しくて、二杯目を頼んだら確かに聞いたはずのそのビールの名前を忘れてしまった。 シカゴからニューヨークに向かう「レイク・ショア号」に乗車すると、車内はすでにどこか東海岸の匂いがした。 乗客の髪の色が全体的にシアトル発の列車よりも濃くなっているような気もするし、それともそれは乗客の話し方、車掌のアナウンスのせっかちな話し方のせいなのかもしれない。人が身につけているものやその身につけるやり方も、すべてがシカゴの前と後では違っていた。 … Continue reading "SEA-NYP"

yoshiさん


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