野外リスニング型フェス『EACH STORY~THE CAMP~』(イーチ・ストーリー)
レポート
2023.09.19
カルチャー|CULTURE

野外リスニング型フェス『EACH STORY~THE CAMP~』(イーチ・ストーリー)

アンビエント~リスニングの盛り上がりと都市から離れた遊びの新展開

野外フェスも春から秋の文化としてすっかり定着した。古くは1969年の『ウッドストック・フェスティバル』(米)や『全日本フォークジャンボリー』(岐阜)などからはじまった野外フェスの歴史は、1990年代にはアンダーグラウンドなレイブパーティが日本各地で密かに開かれつつ、『FUJI ROCK FESTIVAL』(1997年)などの大型フェスの時代に突入し現在に至る。

2020年以降のコロナ禍では野外フェスは縮小を余儀なくされたが、あけて今年は各地で花盛り。ロックはもとより『Rainbow Disco Club』や『FFKT』などダンス・ミュージックのフェスも規模を拡大し、毎年秋開催で世界的にも評価の高いテクノフェス『The Labyrinth』、アコースティックの演奏と唄をテーマにした『New Acoustic Camp』、アンビエントの野外フェス『CAMP Off-Tone』など、バリエーションが多様化して新しい野外の遊びが行われている。

今年3回目を迎え、9月30日・10月1日に長野・五光牧場オートキャンプ場にて開催される『EACH STORY〜THE CAMP〜(イーチ・ストーリー)』(以下、『EACH STORY』)もそんな新しい野外フェスのひとつ。“リスニング型”とひとまずはカテゴライズしつつ、ジャズやアンビエント、ポストクラシカル、ワールドミュージックの音楽を美しく広大な山の中で楽しむフェスである。
 
 
野外フェスってロックでもレイブでも基本的にはアッパーなものだけど、そうではないイベントがあればいいなとずっと感じていました。でもコロナのタイミングでソーシャルディスタンスが必要なことや、アンビエントがよく聴かれる状況もあって、提案したらいけるかもしれない、やりたかったことをできるチャンスかもしれない、と思ったんですね」というのはオーガナイザーの大形純平さん。

今回は大形さんと、音楽面でのブレインでありDJとしても出演するShhhhhさん、出店とLIVEを予定している『Kankyo Records(環境レコード)』の高橋博輝さんに話しを伺った。
オーガナイザーの大形純平さん@『Kankyo Records』

野外イベントの新しいジャンル“リスニング型”とは

大形さんは、ケータリング専門のレストランである『2-3-4SHOKUDO』のオーナーとして、『東京蚤の市』や『SUMMER SONIC』などのイベントやフェスに出店をしながら、イベントプロデュースもしている。以前は青山『CAY』で飲食と音楽のブッキングを担当していた大形さん。その経験は、現在の『EACH STORY』のコンセプトにも影響を与えているという。

「『CAY』では毎晩オールジャンルでいろいろなイベントが開催されていて、DJによるクラブイベントもあればバンドのライブもあり、メジャーのアイドルから遠い国のワールド・ミュージックの音楽家たちまで、いいものはいいんだという耳が自分のなかにもできた。ただ、個々の音楽イベントってやっぱり偏りがあって、ジャンルの壁みたいなものを感じてました。

オールジャンルでいい音楽がBGMのように流れていて、しっかり聴いても踊っても、しゃべってもごろごろしてもいい、それぞれが自由な楽しみ方ができるイベントがあったらいいなと思ってたんです。

そしていろいろな野外イベントに関わるようになって思ったのは、せっかくの環境を活かしてないように見えたこと。自然の中でやるんだったらその気持ちよさや美しさを活かした心地いいイベントをやりたいなと思うようになって、『EACH STORY』の構想ができてきました」(大形さん)。
 
深い森と山に囲まれた起伏のある緩やかな緑の原っぱ、澄んだ水もある美しい自然の中でBGMのようにいい音楽が混ざる
“オールジャンル”は『EACH STORY』を説明するときのひとつのキーワードだが、DJのShhhhhさんもオールジャンルをカバーする存在として知られている。ベトナムのクラブ『The Observertry』のレジデントなど、世界各国でDJをしている彼の耳は、ワールドミュージックやダンスミュージックのレコード販売、そして20年以上にわたるアンダーグラウンドのクラブの現場でつくられてきた。
『EACH STORY』でDJをするShhhhhさん。「ダンスミュージックが中心のふだんの現場ではかけられない曲を、自然の中でかけられるのが楽しい」
もともとShhhhhさんと大形さんの関係は、山梨県北杜市で10年にわたって開催されてきた『OVA NU VILLAGE -a potlatch camp』(取材記事はこちらからという親子キャンプイベントに遡り、2017年の音楽担当だった2人がそこで感じた手応えが今に繋がっている。キーになったのは活動歴40年以上になるロバの音楽座という音楽集団の存在だった。彼らは、中世・ルネサンスの楽器とオリジナルの空想楽器を使って、主に子ども向けの寓話的な音楽と舞台をつくるグループだが、Shhhhhさんのようなワールドミュージック耳にも親しみがあって、かつアンビエントとしても聴くことができる。

子どもが聴いても心地良く、オトナが聴いても、"おっ"、と思う。この方向ならかっこよくて上質なイベントができそうだなと」(大形さん)。

「僕もこれはちょっと新しいぞって思いましたね。森の中、子どもが駆け回る中でGABBY & LOPEZやロバの音楽座の演奏を聴いて、自分もふだんの現場ではかけられないいい曲をかけることができて。実際に子どもはぜんぜん遊びまくってたりするけど、ちゃんと耳には入っていて、可能性を感じました」(Shhhhhさん)。
 
吉村弘、細野晴臣、坂本龍一、久石譲など80-90年代の日本のニューエイジ・環境音楽をコンピレーションした『KANKYO ONGAKU』。2020年のグラミー賞にノミネートされたことからも、このジャンルへの世界的評価の高さが伺い知れる。
『Kankyo Records』は、H.TAKAHASHI名義でアーティストとしても活動する高橋さんが2021年、三軒茶屋のマンションの一室にオープン。

コロナとアンビエント

2021年、山梨県北杜市の山麓にあるガーデンカフェ、デコ・ボタニカルで『EACH STORY』の第1回が開催された。冒頭の大形さんの発言にもあるように、その頃コロナ禍の不安と閉塞感の中でよく聴かれるようになっていたのがアンビエント・ミュージックだ。音楽配信・販売プラットフォーム「Bandcamp」でもアンビエントのカテゴリは活況で、クラブでプレイする機会が少なくなったダンスミュージックのDJたちも、ダンス向けではない静かなDJミックスをネットにたくさんアップするようになっていた。

その流れは以前からあった。アンビエント・ヒップホップ、アンビエントR&Bといった新しいジャンルが生まれていたり、2019年にはUSのLight In The Attic recordsから80-90年代の日本のニューエイジ・環境音楽をコンピレーションした『KANKYO ONGAKU』が発売されている(このあたりの経緯は以前の記事でDJのChee Shimizuさんが語ってくれている)。ブームはマスレベルまで広がっていて、メディテーションやセルフケア、あるいは睡眠のためのBGMとしてアンビエントやニューエイジのプレイリストが山のように作られている。アートの文脈でも、アンビエントという概念を”発明”したブライアン・イーノをフューチャーした2022年の展覧会『AMBIENT KYOTO』が好評を博したのも記憶に新しい(2023年10月から日本のアーティストをラインナップして第2回が開催)。
 
そんな中でアンビエントを中心に、レコード、カセットテープ、CDを販売するレコード店として2021年に三軒茶屋にオープンしたのが、『Kankyo Records』だ。

店主の高橋さんは大学で建築デザインを専攻、設計事務所やゼネコンなどで働き、2021年に『Kankyo Records』をオープンした。設計事務所とレコード店の両方が生業である。またH.TAKAHASHI名義で柔らかく軽やかな音楽を多数発表するアーティストでもあり、DJやけのはらさんらと"UNKNOWN ME"というアンビエントのユニットでも活動。"UNKNOWN ME"は資生堂が発行する『花椿』での連載もあった。

「もともとアンビエントは好きでずっと聴いてたんですが、周りに理解してくれる人があまりいなかったですね。でも『KANKYO ONGAKU』の発売や、ニューエイジも再発がいろいろ出たりして、だんだん理解が広がっているのかなと思います。店に来てくれるお客さんは30代がいちばん多く、次いで20代と、若い人で興味がある人が増えています」(高橋さん)。
ライブ中の高橋さん。「野外では周りに何もなくて音が外に抜けていく。だから環境を感じながら伸びやかにライブができたのがとても嬉しかった」
 高橋さんがお店をオープンするきっかけのひとつとして"リスニング会"というものがあったそうだ。仲間と音楽を持ち寄り、いいスピーカーやアンプでいい音で鳴らして聴くという遊びである。そこでよく聴いていた音楽を販売したいと思ったことが、店舗のオープンに繋がったという。

"リスニング"は『EACH STORY』を表現するキーワードでもあるが、昔から”リスニング”の遊びは、ジャズやクラシックのリスナーの間では行われていた。それがバーやクラブなどの場にも広がり、八王子の『SHeLTeR』や神宮前の『Bonobo』といった超がつくこだわりでサウンドシステムを作り上げていい音を聴かせるリスニング系のDJバー/クラブが、日本のカルチャーとして世界中の好事家たちの注目を集めている。

2000年代の『CAY』でも、USのDJのレジェンド、デビッド・マンキューソやその弟子筋のUKのDJ COSMOらが広い意味でのリスニングイベントをやっていたと大形さんは回想する。

自由に楽しめる環境をつくる

『EACH STORY』は”野外リスニングパーティ”ととりあえずは位置づけることができるが、それだけだとどうにもおさまりがつかないところもある。

「踊りたければ踊ればいいし、そういう意味ではリスニングと言い切れないところもある」(大形さん)。

そして街と同じ配慮ができればペットもOK。野外フェスは基本ペットがいっしょに楽しめないものが多いが、「『EACH STORY』は音量も耳にやさしいから子どもにもペットにもやさしい。大音量のフェスが多い中で新しい特徴かも」(Shhhhhさん)。
 
フェスにしては珍しくペットOKというのも広大な環境があってこそ。
 「あえて子どもに寄り添った取り組みはしていないのですが、環境がよければ勝手に遊んでくれるし、オトナが楽しく遊んでいれば子どももぜったいに楽しいからそれだけで十分だろうなと。実際にみんなめちゃ楽しそうで犬も走り回っていて、ちょっと天国感がありましたね(笑)」(大形さん)。

ロケーションの良さは、SNSでお客さんの反応を見ても伝わってくるし、昨年出演した USのシンガーソングライターであるデヴェンドラ・バンハートに"世界一美しいフェス"と評されたのも頷ける。

「原っぱでちょうちょが飛んでいたりして、そこにアンビエントの音楽と自然の音がいい具合でミックスされBGMみたいな感じで鳴っている環境は、ほんとうに気持ちがいい空間でした」(高橋さん)。

会場は標高が1300mあり、9月といえど夜は気温が下がる。大形さんによると「午前中は春みたいで、午後は夏、夕方から夜は秋から冬のような、1日で四季の移り変わりが味わえる」という。
 
会場は東京ドーム約8個分の敷地を有する長野・五光牧場オートキャンプ場。ありのままのワイルドな自然が魅力の、キャンプ好きに人気のスポットだ。
今年の出演者を何組かピックアップしてみると、ブラジルジャズシーン、そしてサム・ゲンデルらLAの先端ジャズシーンでも活躍するギタリスト/コンポーザーのファビアーノ・ド・ナシメントや、ジャズでもポスト・クラシカルでもないユニークな音を奏でるピアニスト、ヴァーノン・スプリングなど海外からの参戦も本格化。ドラムの石若駿とベースの須川崇志、ピアノの林正樹によるジャズトリオ”Banksia Trio”。『ドライブ・マイ・カー』のサントラで世界にも名を響かせた石橋英子とジム・オルーク、山本達久による”カフカ鼾”。アメリカでオールジャンルの野外イベントを展開しており、『EACH STORY』とコンセプトの親和性もある”Leaving Records”のボス、マシュー・デイビッドはレーベルメイトのGreen-Houseとともに参加。ほかにはEast Forest & Peter Broderick、Black Boboiなど、自然の中でどんな美しい音を鳴らしてくれるのか楽しみなメンツ。ちなみに、出演アーティストの楽曲は、『EACH STORY』のプレイリストでも確認できる。
 
  「今回来てもらうアーティストたちや、『KankyoRecords』や『雨と休日(*)で扱っているような音楽は、空間を彩る音楽というか、“環境”として聴くことができる音楽かなと思っていて。そういういい音楽を、心地がいい、きれいな場所で聴きたい、っていう単純なイベントです。野外イベントの面白いところって、楽しみ方が人によって自由なところで、気候も変わるしそれによってアーティストやDJも音を変える。それぞれの楽しみ方で、いい時間を過ごしてもらえたら嬉しいですね」(大形さん)。
(*)雨と休日:「穏やかな音楽ばかりを集めたCDショップ」。2009年に西荻窪でオープンし、2019年に八王子に移転。

昨年筆者が会場でイベントを楽しんだ時に感じたのは、ライブハウスやヘッドフォンでよく聴いていた音楽を、自然の中で聴いたときの新鮮さ、別物感だった。ジャズであれば「小さなライブハウスや部屋で聴くもの」という先入観があったけれど、それが自然の中で再生され、ふと耳に入ってきたときの心地よさは、今まで味わったことのない音楽体験だった。

いろいろな音楽をいろいろな聴き方・楽しみ方で、それぞれが自分なりのストーリーで遊ぶ。野外フェスが大型化・大衆化する一方で、個々に楽しみ方を委ねる“余白”を残した『EACH STORY』のような野外フェスの登場に、改めてフェスの成熟と進化を感じた
 
 
【取材・文:高田健+『ACROSS』編集・中矢あゆみ】


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