GREEN DOOR(グリーン・ドア)
レポート
2023.08.31
カルチャー|CULTURE

GREEN DOOR(グリーン・ドア)

レトロで雑多な「府中市場」に現れたデニム愛溢れるヴィンテージデニムとリペアの専門店

東京・府中にある多摩エリア最大級の卸売市場であり、通称「府中市場」として知られる大東京綜合卸売センター昭和41年の創業から50年以上の歴史を持つ市場は、卸だけでなく一般客向けの小売も解放。コンクリート造りのレトロな場内には、水産、精肉などの生鮮食品、加工・冷凍食品、調理器具、文具、包材、生活雑貨など約80軒の専門店がそろい、バラエティ多彩な食堂の”市場めし”も充実するとあって、早朝から昼過ぎまで幅広い層の人々で賑わっている。

そんな市場の一角に2021年11月にオープンしたのが、ヴィンテージデニム販売とリペアの専門店「GREEN DOOR(グリーンドア)だ。中国の市場でおなじみの赤い傘と木枠のガラス引き戸が目印の外観は、市場のレトロなムードに溶け込む絶妙な雰囲気。だが、店内は異国情緒漂うインテリアに心地よいインセンスの香りが漂い、ここが市場ということを忘れてしまう心地よい空間に仕上がっている。右側の棚とラックはヴィンテージジーンズの販売スペース、左側はカラフルな糸と2台のミシンが並ぶ作業スペースで、オーナーで職人の押田直樹さんがひとりで店を切り盛りする。
 

ヴィンテージマニアから初心者まで幅広く対応してくれる、心強い一軒

オーナーで職人の押田直樹さん。店内奥には店名の由来となった緑色の扉(グリーン・ドア)がある。海外の雑貨やアートのなかに、中国語で書かれた価格表、ミシン職人のピクトグラムの非常口マークなど、遊び心あるデザインが。
ヴィンテージデニムは90年代前後のアメリカ製のメンズ・レディスが中心で、押田さんによるハンドメイドのリメイクも充実。作業台には、ヴィンテージデニムの修復に欠かせない、半世紀前のチェーンステッチ(環縫い)のアンティークミシン「ユニオンスペシャル」も鎮座する。

「このミシンを使うと、裾部分に強いアタリ(シワ)が出て、古着の経年変化や味を生かした自然な裾上げやリペアができるんです」(押田さん)。自身もデニム愛好家である押田さんは、簡単な丈詰めから穴埋め、パーツの修理やリメイクまで、一点づつ状態を丁寧に見極めながらリペア。ヴィンテージマニアから初心者まで幅広く対応してくれる、心強い一軒なのだ。
 
裾上げもただ丈を短くするだけに止まらず、そのデニムの経年変化にあった“アタリ”加工で全体に馴染む工夫も。
穴の補修ひとつとってもオーダー次第で様々な加工で対応してくれる。

上海の市場で出会った「おじちゃんおばちゃんの修理屋」が原点

10代から古着やデニムが好きで、大学卒業後は古着屋で4年ほどバイトを経験。「いつか自分の古着屋をやりたい」と考えていたという押田さん。さらに新しい洋服にも興味が広がり、オリジナルデニムを中心にアパレルを製造・販売する国内ファッションブランドで販売を12年間経験し、デニムの修理や丈詰めなどの技術も身につけた。

その後、ブランドの顧客から中国のジーンズ縫製工場の企画職に誘われ、4年ほど上海に移住。これまでの国産ジーンズとは一転、世界的なSPAブランドのジーンズ企画に関わった。

「量産のジーンズというとイメージが良くないかもしれませんが、生産管理がとても大変で、多くの人が関わりながら生地作りから加工まで大変な努力で作られている。国産ハンドメイドジーンズとは真逆の、大量生産の背景を見れたことは自分にとって良い経験でした」(押田さん)。
 
 ところが、2019年に中国でコロナが流行。春節で帰国していた押田さんは、現地に戻れなくなってしまう。

「半年ほど様子を見ていましたが、帰る目処がつかず一旦契約を終了しました。何か仕事しなきゃと思い、古着屋時代の横のつながりで自宅で修理を始めたんですが、根が販売員なので一人だとつまらなくて(笑)。内装をやっている友人とネットショップを始めようと動き出したんです」(押田さん)。

昭和41年創業の府中市場。訪れたのは市場が落ち着いた午後だったが、平日でもプロから一般客までたくさんの客で賑わうのだそう。
市場には魚や肉、魚といった生鮮はもちろん、アジア食材や中華食材、自然食品、梱包資材、料理道具や文房具など80の専門店が並ぶ。“市場飯”を食べられる飲食店が充実しているのもうれしい。
その友人とともに、梱包資材店を探して出会ったのがここ府中市場だ。歴史のある建物の造りも、雑多な雰囲気も気に入った。

「地元の神奈川にも市場はありますが、卸中心だったり観光客向けに再開発されていたりして行きづらさがあった。その点府中市場は、老舗の金物屋や食品店のなかで30-40代の若い人が飲食店をやっていたり、古さと新しさが混合した独自の雰囲気に惹かれました」(押田さん)。

その場で友人と「この市場で洋服屋をやったら面白そう」と盛り上がったという押田さん。雑多な市場から連想したのが、上海時代に毎日のように通っていたローカルマーケットだ。「現地の市場には、おじちゃんやおばちゃんがやっている修理のお店が必ずあった。それを日本の市場でやったら面白いかなと思いました」(押田さん)。

早速、空き物件がないかと市場に聞いてみたところ、空いていたのが現在地「551」。内見して気に入り、すぐに入居を決定。準備期間を経て、3ヶ月ほどで店舗オープンに至った。
 
 
デニムのリメイクや修理を行う作業スペース。色とりどりの糸が並ぶ工房ならではの雰囲気もお店のエッセンスに。
ホワイトデニムにシルクスクリーンでカラフルなプリントを入れたリメイクジーンズ。

「ヴィンテージデニム=男性のマニアックな世界」というイメージ払拭したい

店づくりで意識したのは、専門店でありながらオープンな雰囲気であること。その理由は「性別や世代関係なく、古着をファッションとして多くの人に楽しんでほしいから」(押田さん)。実際のところジーンズはブランドや生産時期によって違いがあり、それが奥深さを生む一方で「マニアック、難しい」という声も少なくない。だからこそ、「ヴィンテージデニム=男性のマニアックな世界」というイメージ払拭したいのだという。

デニムは基本的に古いものの価値が高くなりますが、単にかわいい、色や形がいいという視点で選んでもいいはず。逆に買いつけに行っても、かわいいのに古くないから買わないというのも変だと感じていて。洋服が好きな人も、古着好きな人も、ヴィンテージマニアも、デニム初心者も、様々な人に来て頂きたいですね」(押田さん)。
 
というように販売するジーンズは、貴重なヴィンテージから、スタンダードなもの、刺繍やワッペン、シルクスクリーンでハンドプリントを施したリメイクなど遊び心のある一点ものまでが充実。価格帯は1万円前後で、リメイク品は1〜2万円程度。例えば、ジーンズの縫い目を解いて細かいフリンジをアクセントにしたもの、ジーンズを解体してリメイクしたスカートに、破れたジーンズとホットパンツを再構築するなど、ビハインド(欠点)を持ったアイテムを再生させる試みも行っている。

こうした一点一点の魅力を引き出したアイテムからは、押田さんのデニム愛と自由なクリエイションを楽しむ姿勢が伝わってくる

「お客さんが試着して喜んでくれたり、古着にあまり慣れてない人が『すごくいい』と言ってくれたときなど、新しい機会や経験を提供できたときに、やっててよかったと喜びを感じます」(押田さん)。
 
 
破れたジーンズとホットパンツを再構築したリメイク品。押田さんの手にかかるとビハインド(欠点)も魅力に変わる。
デニム愛と自由な発想によって生まれたリメイクアイテムはもちろんどれも一点もの。「いいアイデアが浮かぶと作業工程考えずにやっちゃうので、ものすごく手間がかかっているものもあるんです(笑)」(押田さん)という熱の入れようだ。
ヴィンテージアイテムから着想したエプロンバッグも人気アイテム。

デニムは自由なスタイルの象徴。雑多な市場の一角からファッションの楽しさを発信

客層はリペア・販売ともに30〜60代と広く、コアは40代の男女。基本、多摩エリアからの来客が中心で、リペア部門はネット検索での来店、市場に来て店の存在を知った人、他テナントからの紹介のほか、同業の古着屋からの修繕依頼も多いという。休日に家族で市場を訪れて「お父さんはジーパン物色、お母さんと子どもはグルメ」など自由な楽しみ方をする人もいるそうだ。

実際に店舗を始めて感じたことは、「ジーパンはなかなか捨てられない」「ずっと眠っているデニムを直したい」と困っている人が多いこと。リペアの依頼は途切れることなく、ひっきりなしに舞い込むという人気ぶりだ。

デニムの魅力は「古着のなかでも年代を問わずに楽しめるアイテムであると同時に、カウンターや自由なスタイルの象徴であるところ」と押田さん。19世紀アメリカのワークウエアが発祥と言われるジーンズは、60年代のカウンターカルチャーのアイコンとなり、後も常に新しいカルチャーと共にスタイルを作り出してきた存在。「GREEN DOOR」はそんなデニム本来の魅力を感じさせてくれる店舗であり、自分軸をもとに柔軟な視点を持ち続けることで、ファッションはもっと楽しくなると教えてくれる。
 
押田さんのこだわりで探し求めたというアンティークミシン「ユニオンスペシャル」。半世紀前のチェーンステッチ(環縫い)ができ、ヴィンテージデニムの修復に欠かせない。
同店ではポップアップイベントも定期的に行っている。店の斜向かいには前述の内装業の友人が昨年オープンしたギャラリースペース「i wanna be youがあり、知人のアンティークビーズ作家によるジュエリー、フレンチミリタリーショップの展示など、デニムと合わせたいアイテムを提案。コラボによるリメイク商品なども制作し、同店だけでは表現しきれないデニムの楽しみを発信する。

「市場に来たお客さんが『何やってるの?』と寄ってくれるのが嬉しいですね。市場という場所やスペースを生かしてできることはまだたくさんあると感じていて、今後も面白いことを企画していく予定です」(押田さん)。

多様性に満ちた雑多な市場の一角で、古いものと新しいもの、ジャンルや年代が入り混じり、ユニークな化学反応を起こす「GREEN DOOR」再開発が盛んな都心を離れた場所で、改めてファッションや買い物の楽しさを再認識させてくれる一軒だ


【取材・文=フリーライター・エディター/渡辺満樹子】 

 
所々に中華テイストが混ざる絶妙のセンスは、4年間中国に滞在していた押田さんならでは。ノスタルジックな市場の雰囲気ともシンクロしている。


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