スタバ・スタディーズ
〜「スタバらしさ」をめぐる消費文化論講義〜
第7回 アリス・ウォータースとスタバ、消費社会に乗るか反るか
レポート
2023.08.25
カルチャー|CULTURE

スタバ・スタディーズ
〜「スタバらしさ」をめぐる消費文化論講義〜
第7回 アリス・ウォータースとスタバ、消費社会に乗るか反るか

批評家・ライターの谷頭和希による「スタバらしさ」を通して消費文化を考える連載、第7回目。今回も引き続き、創業当初のアメリカについて考えていきます。(編集室H)


前回
はアメリカのスタバに注目しつつ、それがどのような時代背景をもとに生まれたのかを見てきました。しかし、この連載のテーマである「分裂」はまだ顔を出していません。今回からは、そんなスタバが「分裂」する背景となった事情を考えていきましょう。

もう1つの共時性へ

スタバが誕生した共時性として、前回はヒッピーカルチャーとの連続性を取り上げました。今回はまず、スタバ誕生におけるもうひとつの共時性を指摘するところから話を始めましょう。

スタバの1号店がパイクプレイスマーケットに誕生した1971年。アメリカのカリフォルニア州バークレーでアリス・ウォータース(※1)という運動家が「シェ・パニーズ」というオーガニックレストランをオープンしています。これは世界的に有名なレストランの一つで、オーガニックレストランの草分け的な存在としても知られています。 このレストランは以下のように説明されています。

オーガニック料理に興味のある人なら、カリフォルニアの『Chez Panisse(シェパニーズ)』(※2)の名前を聞いたことがあるかもしれない。オーガニックブームの先駆者と言われるアリス・ウォータースさんが1971年に開業して以来、食の世界にムーブメントを続けているレストランだ。47年以上も前から地元でとれる旬のオーガニック食材だけを使う「地産地消」に力を入れ、シェフ自ら生産地に足を運んだり、作り手と密にコミュニケーションをとったりすることを大切にしている。(飲食店ドットコムジャーナル「日本を「100%オーガニック」に。東京グルメ界、話題の新店『ブラインド・ドンキー』(※3)が描く未来」)

現在でこそ、「地産地消」を謳ったレストランは多いですが、1970年当時、このような考え方は斬新で新規性があるものでした。アリス・ウォータースは、スローフード運動などを通して、「食」と「人間」の結びつきを強く提唱した人であったことがわかると思います。

注目したいのは、こうした「食」に関する考えは、スタバでも共通するものだということです。前回確認したように、スタバは大量消費社会において、いかに食に人間性を取り戻すことができるのかを重要視していました。そこには明らかにアリス・ウォータース的な、いわば「スローフード的」といってもよい食と人との在り方を根本的に見直す志向性があるでしょう

コーヒーや食における、ホンモノらしさ、人間らしさや人間性を取り戻す試みとして見るも、スタバと「シェ・パニーズ」にはすごく共通点がある。時代的にも共通点があるし、やはりオーガニック運動やスローフード運動に近いようなものを標榜しています。

シェ・パニーズとスタバ

では、その違いはどこにあるのでしょう。『お望みはコーヒーですか〜スターバックスからアメリカを知る』(岩波書店)にはこうあります。

「どう食べるかは政治的なことである」という(アリス)ウォータースの主張はいまでも、人々の記憶に残っている。当初、ジェリー・ボールドウィン(スタバの創業者の一人)は、自分の食へのこだわりが、スーパーマーケットに対する政治的かつ過激な批判になるとは考えてもいなかった。ボールドウィンが食の道へ踏み込んだのは、LSDパーティーが流行り、ベトナム戦争でナパーム弾が使用され始めた頃だったが、彼はどちらかといえば、デビッドキャンプの『アルグラ合衆国』が(ジェリー・ボールドウィンのことを)「ポスト・ヒッピーの料理人」と評するような政治に関わりを持とうとしない食の追求人だったのである。アメリカが提供する味に不満を持つ、研究熱心で高学歴な消費者は、人の手が加えられていない天然の食材を欲しがるようになった。しかし、彼らは商品が生み出すより、大きな経済構造について疑問を抱くことはなかった。(ブライアン・サイモン『お望みなのは、コーヒーですか?〜スターバックスからアメリカを知る』岩波書店)

アリス・ウォータースはきわめて政治的な人です。シェ・パニーズを開店する前、バークレー大学の在学中にはフリースピーチ運動に参加していました。フリースピーチ運動はバークレー大学で起こった、大学当局に対する学生の抗議運動です。そんな彼女が、「どう食べるかは政治的なこと」だと言うわけです。食を通じて人間性の回復をする。そして、それこそがひとつの政治的な革命に繋がるんだと考えている。つまり、アリス・ウォータースは、食に対する考え方をきっかけとして、資本主義下にある社会や経済、あるいは国家体制の構造転換を企図しているわけです。

一方で、スタバはそうではなかった。つまり、単純にある種の「ファッション的なかたち」で、そうした食に対するスタンスが受容されているのではないかと、この引用文の筆者は考えています。筆者ははっきりと、スタバの利用者たちの思考について「彼らは商品が生み出すより大きな経済構造について疑問を抱くことはなかった」と書いていますね。スタバの利用者は、アリス・ウォータース的な、「食に対するこだわり」を持っていたけれども、それが政治運動や、経済的な革命運動にはつながらなかったということです。実際、スタバはアリス・ウォータースが革命によって乗り越えようとした資本主義経済に大きく寄りかかりながらその経営を伸ばしていくわけです。このようなところに、スタバとシェ・パニーズの違いがあるのではないでしょうか。

左:アリス・ウォータース/右:『アリスのおいしい革命』(アリス・ウォータース著)

初期スタバの分裂

こう考えると、初期のスタバが持っていたこうしたスタンスも、やはり分裂だとはいえないでしょうか。つまり、その当時の消費社会に対する一見すると相異なるスタンスが同居しているわけです。大量消費社会に対する批判的な視線は持っている。それこそ人間性の回復や、大量生産される食べ物に対する批判的な視線のことです。一方、消費社会全体を批判するわけではなく、そのシステムに大きく寄りかかりながら営業を行っている。つまり、資本主義に対する相反するポーズが共存しているわけです。すでにここに、「消費社会」に乗ることと反ることの共存、あるいは分裂があるのです。

そして話を展開させていくと、このようなスタバが当初から持っていたスタンスこそが、その後、スタバがその分裂をどんどんと広げていく一因になるのではないか。つまり、この連載の第1回で確認したように、グローバル企業として世界各国に膨大な店舗を持ちつつ、しかし同時に、そうした資本主義とは相反するような「ヒューマニズム」的な側面を持ち続けている、という分裂の原因を担っていると思うのです。

ハワード・シュルツの方へ

ここで重要な登場人物がいます。それが、スタバの代表的なCEOとして知られ、その名を一役世界に知らしめたハワード・シュルツです。シュルツはシアトルの小さな個人店に過ぎなかったスタバの経営に参加し、たちまちそこを一大グローバル企業へと変貌させていきました。しかし、いかにシュルツが名経営者だったとしても、なぜそれが可能だったのでしょうか。それは、スタバ自体にこのような資本主義を受け入れる素地があったからだと私には思えてなりません。それは、とりもなおさず、スタバが分裂しているということです。

では、具体的に、シュルツ体制以後のスタバになにが起こったのか。次回はシュルツ就任以後のスタバを見ながら、この分裂がどのようにして深まり、そして、どのようにスタバがグローバル企業へと変貌していったのかを考えていきましょう。


【文:谷頭和希/ライター・批評家】

***

※1 アリス・ウォータース:1944年アメリカ生まれのシェフ、経営者、活動家、作家。1971年にカリフォルニア州に、地元のオーガニック食材のみを使用したレストラン「シェ・パニーズ」をオープン。スローフードの立役者として知られる。1995年、「エディブル・スクールヤード」を創設、2002年よりスローフード・インターナショナル副理事。
※2 シェ・パニーズ:1971年、アリス・ウォータースによってカリフォルニア州バークレーに創設。ローカルの生産者から仕入れた有機栽培の食材を使用し、「カリフォルニア料理」の先駆けとされている。
※3 ブラインド・ドンキ—:「シェ・パニーズ」にて総料理長を務めていたジェローム・ワーグと、中目黒のレストラン「BEARD」の原川真一郎により、2017年に神田にオープンしたレストラン。2023年7月、清澄白河に移転。


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