スタバ・スタディーズ
〜「スタバらしさ」をめぐる消費文化論講義〜
第6回 1970年代の方へ、大量消費社会とスタバとカウンターカルチャー
レポート
2023.04.06
カルチャー|CULTURE

スタバ・スタディーズ
〜「スタバらしさ」をめぐる消費文化論講義〜
第6回 1970年代の方へ、大量消費社会とスタバとカウンターカルチャー

批評家・ライターの谷頭和希による「スタバらしさ」を通して消費文化を考える連載。第6回目は、スタバが誕生した1970年代前後のアメリカについて考えます。大量消費社会への不満、反体制運動など、当時のアメリカで起こっていた動きに触れながら、スタバが産まれた背景について読み解きます。(編集室H)

※トップ画像はロードアイランド州にあるスターバックス(2023年2月撮影)

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前回は、スタバとMacのイメージの結びつきを指摘した上で、どうしてそれらが結びつけて語られるのかについて考えていきました。見えてきたのは、それらは両方とも「分裂」を抱えているということ。そして、その分裂の起源は、1960年代のユースカルチャー、カウンターカルチャーにあるのではないかということです

ここまで話を進めると、私たちは、スタバの本当のはじまりの地である「アメリカ」について考えなければならないようです。そこで、今回はスターバックスが誕生した1971年のアメリカに遡りながら、スタバの「分裂」を考えてみましょう。

すべてはシアトルから始まった

スターバックスは、創業当初から現在のようなカフェの事業を展開していたわけではありません。そこは最初、コーヒー豆の焙煎店として生まれたのでした。創業者は、ジェリー・ボールドウィン、ゼブ・シーゲル、ゴードン・バウカーの3人。友人同士だった彼らがシアトルに開いたコーヒー焙煎店が、スターバックスの1号店です。この1号店が誕生したのは、シアトルにある市場・パイクプレイスマーケット。現在でも様々な生鮮食品が扱われていて、シアトルの中でも特に賑わいのある場所の一つです。この市場は全米でもっとも歴史がある市場として知られていて、由緒正しい場所でもあります。いわば、米国の食を支えてきた場所なのです。
▲パイクプレイスマーケット(クリエイティブ・コモンズ

では、彼らはどうしてこの場所にスタバを作ったのか。ブライアン・サイモン『お望みなのは、コーヒーですか? スターバックスからアメリカを知る』には次のように書かれています。

「(彼らは)作り物でまがい物のアメリカ文化に不満を抱いていた。後に彼は売ることが真正さをダメにしないように、彼が真正だと信じるそのものだけを売ったのだ」。(p.24)

この言葉の真意を掴むには、当時のアメリカ社会の状況を把握する必要があります。この当時のアメリカ社会とはどのようなものだったのか。

大量消費社会が成熟した1950・60年代アメリカ

スタバは1971年に出来ているのですが、その前の1960年代、1950年代は、アメリカにおけるいわゆる「大量消費社会」が完成した時代だと言われていて、物質的な豊かさが極点に達した時代でした。

アメリカの大量消費社会は、第一次世界大戦後による戦争特需の影響で1920年代から始まっていましたが、その成熟期が1950・60年代です。今では世界を代表するハンバーガーチェーンに成長したマクドナルドの創業は1955年ですし、著名な経済学者であるガルブレイスは、1958年に『ゆたかな社会』を書き、アメリカの成熟した消費社会について言及しています。 大量消費社会とは、さまざまなものが大量に作られ、売られるような社会のことです。のちに社会学者のボードリヤールが指摘したように(ジャン・ボードリヤール『消費社会の神話と構造』)、こうした社会では、さまざまなものがコピーされて生産され、その起源であるオリジナルなものの存在が薄くなっていきます。例えば、料理で考えてみましょう。料理とはもともと、人が一つ一つ手作りで作るものでした。それはいわば、世界に一つだけしかないオリジナルなものとして作られていたわけですが、それが工場製品として作られるときには、同じスープが大量に作られていきます。いわば、オリジナルとしてのスープのコピーが延々と作られているのです。ボードリヤールは大量消費社会の特徴として、コピーだけが循環していくことを挙げています。

このような、1950・60年代の大量消費社会の様相を見ていくと、先ほどスタバの創業者たちが述べていた「作り物でまがい物のアメリカ文化に不満を抱いていた」という言葉の意味もわかるでしょう。彼らは、まがいものとしてのコピーだけが大量に作られ、オリジナルであるところの本当の(真正な)商品がない社会に対して、大きな不満を持っていたのです。このような時代に対する認識が、スタバという店を用意していくのです。

「真正さ」を求めるスタバの一貫した理想

スタバの創業者たちは、当時のコピーがあふれるアメリカ社会に対して不満を持ち、コピーではない本物の食を提供したいという理想を持ってスタバを開きました。だからこそ、彼らの店では、まがいものではない、こだわり抜いた「真正」なコーヒーを提供しようとしたのでしょう。そして、パイクプレイスマーケットという、アメリカの伝統的な食文化の殿堂のような場所で、店を開いたのです。つまり、彼らの「理想」を叶えるために、スタバという店はあったわけです。

興味深いのはこうした理想は、実は現在のスタバでも一貫しているということです。ここで、ある映像を見てみましょう。

「Working at Starbucks」(スターバックス公式YouTubeより)

これは、スターバックスジャパンが制作した広報用動画です。これを見たとき、私はいかにも「スタバっぽさ」を感じました。この動画の最後の部分では「人々の心を豊かで活力のあるものにする」とナレーターが言っています。これは、スターバックスが焙煎店だった頃から、大量工業製品のような非人間的な食べ物ではなくて、人間らしさがあふれた健康にいいオーガニックで真正なもの、そうした商品を提供する店としてスターバックスが存在しているということを表していると思います。そう考えると、焙煎店から喫茶店への変化はあるにせよ、スタバは「本当の食べ物が持つ人間らしさを提供する」という点で一貫した思想を持っているともいえます。

カウンターカルチャーとの共時性

さて、ここで指摘したいのは、スタバが掲げた「真正さの回復」、あるいは「人間性の回復」というような思想は、スタバの創業者たちだけが持っていた特殊な思想ではない、ということです。同じ時代の他の事象を見渡してみると、そのような理想を持っている人々は多くいたのです。

そもそも、1971年とはどんな時代なのか。この時代は、1968年以降における政治運動の過激化を抜きにしては語れません。もっとも分かりやすいのは、1969年にアメリカで開催されたウッドストックフェスティバルという音楽フェスティバルでしょう。これはヒッピーカルチャーの集大成と呼ばれているもので、1960年代の反体制カルチャー・ヒッピーカルチャーの代表的なイベントになりました。

この時の思想的な支柱となった考えの一つが、「ヒューマンビーイング」、つまり、「人間性の回復」ということです(実は、同時期に「人間性回復運動」というマズローの欲求5段階仮説に影響を受けて起こった運動もあり、それらとヒッピーカルチャー、反体制カルチャーとの連続性や非連続性なども重要な論点なのですが、あまり深追いしすぎるとスタバの話から外れてしまいますので、ここでは詳述はしません)。

まさに、このような人間のあるがままの姿を取り戻す、というのはスタバの理想と通底するものがあるのではないか。ウッドストックフェスティバルの写真をみてみましょう。
▲ウッドストックフェスティバルの様子(クリエイティブ・コモンズ

ある農場を会場にして、ほとんど素人同然のイベンターが始めたイベントの噂が全米に広がって、いざ蓋を開けてみたら100万人もの人が来てしまったというのがこのイベントです。ですから、秩序はもうなくて、無秩序な様相を呈していた。この写真を見ると、半裸の人が目立つでしょう。これは、やはりヒッピーカルチャーの影響を受けていて、人間性の回復ということで、生まれたままの姿をさらけ出す、そうした彼らの精神の表れです。

こうした反体制運動の奥底にあったのは、やはり1950年代・1960年代における大量消費社会の誕生によって、ヒトがヒトらしく生きるということが疎外されるような状況が起こってきたということがあるでしょう。そうした世界の状況に対抗してヒッピーたちは、人間性の回復を声高に唱え、ウッドストックに集って政治運動を行うわけですが、これらはスタバの創業者が当時の時代相に対して抱いていた不満と似ているでしょう。

いわば、ヒッピーたちが直接的な行動で行おうとした政治的な運動を、スタバは食を通して行おうとしたのだということです。

このように時代的な共時性を孕みつつ、スタバは誕生したのです。では、その分裂は一体どこで生まれたのか。次回も、スタバの創業当時のアメリカを見ながら、スタバの分裂について考えていきましょう。

 

【文:谷頭和希/ライター・批評家】


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※参考文献
ジョン・ムーア『スターバックスはなぜ値上げもテレビCMをしないのに強いブランドでいられるのか?』
ブライアン・サイモン『お望みなのは、コーヒーですか?—スターバックスからアメリカを知る』
ジョージ・リッツァ『マクドナルド化する社会』
梅本龍夫『日本スターバックス物語 はじめて明かされる個性派集団の挑戦』
伏見瞬『スピッツ論』
宮沢章夫『東京大学「80年代地下文化論」講義 決定版』
石原慎太郎『太陽の季節』
吉見俊哉/若林幹夫『東京スタディーズ』
ガルブレイス『ゆたかな社会』
ジャン・ボードリヤール『消費社会の神話と構造』



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