Creators' Book Review Vol.3:蒔蘿さん/ミュージシャン
レポート
2022.02.08
カルチャー|CULTURE

Creators' Book Review Vol.3:蒔蘿さん/ミュージシャン

さまざまなクリエーターがいま、もしくは過去にどんな本を読んでいるのかを尋ねる連載企画「Creators' Book Review」。
小林裕翔さん(YushoKobayashiデザイナー)半澤慶樹さん(PERMINUTEデザイナー)とファッションデザイナーが続きましたが、3人目は愛知県在住のミュージシャン、蒔蘿(じら)さんです。

蒔蘿(じら):ミュージシャン。1997年よりバンド「GUIRO」のメインコンポーザー、ヴォーカルとして活動(現在は休止中)。2020年7月、自身の鬱をきっかけに幼少期から共存していたもう一人の自分と主人格を交代し、女性として生き始める。同時に蒔蘿と改名する。2021年には厚海義朗、光永渉と共にInondo(イノンド)名義で音源を発表。愛知県在住。
https://inondo.bandcamp.com
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長年音楽に携わってきたのですが、ずっと地方に暮らし本業も別にあった期間も長く、音楽家であるという意識は元より希薄です、ええ。ですが今の自分になってますます何者でも無いというか、いいじゃない、何者でも無ければ何にでもなれるってこと!って、あれ、わたしこんな前向きだったっけ?…とは言えあらためて自分に問うてみると「いえいえ、ほんとうは家が作りたいんです」ですって。えっ、また唐突な。ログハウスみたいなあれですか。それか、いっとき流行ったサバイバルなんとかの動画に今ごろかぶれたんでしょ、遅。「そういうんじゃないです。別に徹頭徹尾自力で建てましたとか、そういうことがしたいんではなくて。設計がしたいのかな。で、建てるのは普通に大工さん。わたしは現場で目を光らせる役」ほほう、何というか、大きく出ましたね。思えば10歳の時、引っ越し先の県営アパートで。手違いでまだ荷物が届かず、何もない新築のまっさらな空間に足を踏み入れた時の形容し難いあの興奮。あるいは20代前半パリを訪れた際、コルビュジェの初期作ラ・ロッシュ=ジャンヌレ邸での、見たこともない不思議な構成の空間の衝撃。そういうことが原体験になっていて、それが徐々に「住居」「住宅」というものに形容し難い魅力を感じているのだと認識するようになったのがこの10年くらい。それが今や「設計したい」と口走るまでになった訳ですが、結構本気で妄想しています。

(またしても自分に)よくよく聞いてみると、わたしの住まいが作れれば良い、とのことです。建築家になりたいとかじゃなくてホッとしました。ただまあ、折角作るなら静謐さと寛ぎ、少しの興奮が同居する面白い家が良いですよね。あからさまに変わってるんじゃなくてね。住まいだからまず心地よくないと。そこで好きな先人たちの作品や考えに触れられる書籍の頁をめくると、正にそんな空間が出現するんですね、身悶えします。何でこんなに惹かれるんでしょう。でも、そういう思いを持つ人は案外いるのではないでしょうか。

住居というのは人の営みのそもそもの基礎である筈だし、もう少し抽象的に考えてみると、仕切られた空間があって初めて、音楽などは機能しようとするものではないかと思うのです(仕切られていない、野外などの自然な空間では音楽は余計なものに感じてしまいます、個人的には)。ある考えに基づき区切られ、仕切られた空間。そこに窓があり光が入ることで陰影が生まれる、テーブルや椅子があれば落ち着く感じを覚えるかも知れない。「ある」と「ない」のどちらに心地よさを感じるのか、考えると分からなくなってきますが、どちらも敏感に感じ分けるのでしょう。我々はその中で寝食し、思考し、語らい、愛し合い、喜怒哀楽しながら日々を費やすのです。創造性もまた空間に大きく左右されるものだと思います。建築物であれば外観があり、間取りがあり、部屋ごとの用途に応じたデザインがあり…と考えていくと、音楽において和声や音色をリズムに基づき配置して、曲想や音像を具体化していくことにとても似ている気がしてきます。少なくともわたしには、同じ感覚で捉えているふしが大いにありそうです。視覚と聴覚の境目というのは割合に曖昧なものだな、と実感することさえしばしばあるのです。

二川幸夫 (企画・撮影),吉阪隆正(文)『GA グローバル・アーキテクチュア No.7〈ル・コルビュジェ〉』A.D.A. EDITA Tokyo Co., Ltd.,1971

ル・コルビュジエが67歳になる1955年、フランス東部ロンシャンに竣工した非常に独創的なフォルムの礼拝堂。わたしは近い将来この地を訪れる。礼拝堂の内部に佇み、長椅子に腰掛けて目を瞑っている。

喫茶店を営む旧い友人がある時わたしに、自分が祈る時のための讃美歌を作ってほしい、と頼んでくれました。未だ果たせていませんが、その言葉は心の片隅の小さな灯になっています。

二川幸夫 (企画・撮影),吉阪隆正(文)『GA グローバル・アーキテクチュア No.7〈ル・コルビュジェ〉』A.D.A. EDITA Tokyo Co., Ltd.,1971年

奥佳弥(著),キム・ズワルツ(写真)『リートフェルトの建築』TOTO出版,2009

オランダの前衛芸術・建築運動デ・ステイルを代表する建築家/デザイナーであるヘリット・トーマス・リートフェルト。はじめて手掛けた住宅、シュレーダー邸(1924)があまりにも有名ですが、ここに掲載されている中でも50年代〜60年代の住宅作品は清冽かつ寛ぎも感じられなんとも良い塩梅。部屋ごとの色相に至るまで好みです。但し、ダイニングの椅子は時に固そうなので自分が住む際には取り替えたい。

奥佳弥(著),キム・ズワルツ(写真)『リートフェルトの建築』TOTO出版,2009

吉村順三,『吉村順三作品集—1941ー1978』新建築社,1979

A・レーモンドに師事しながらもさまざまな建築様式を見聞し、日本人の生活心情に寄り添う独自のモダニズム観を展開した建築家。囲炉裏端に人が集まるイメージを「たまり」と表現し、火がとても大切なのだと繰り返し語る。住宅を設計する際、居間にはほぼ必ずファイアプレイス(=暖炉)を組み込んだ。その造形がいつもスマートで洒落ているところに憧れる。

吉村順三,『吉村順三作品集—1941ー1978』新建築社,1979

上松佑二 『ルドルフ・シュタイナー』PARCO出版,1980

神秘思想家、哲学者、医者、教育家、バイオダイナミック農法の確立…業績はあまりに多岐に渡る。R・シュタイナーは20世紀最大の芸術家の一人でありまた偉大な建築家でもあった。 晩年、彼が創立したアントロポゾフィー(人智学)協会の拠点として彼自身が外装・内装を手掛けた第一ゲーテアヌムという建造物は、設計開始から14年もの歳月をかけて1922年に完成し、わずか一年足らずで何者かに放火され消失した。残された写真から特異な外観や内部構造を伺うことができる。スイス、ドルナッハ、1922年。わたしがいつか肉体を離れ、魂だけになったときに目指す地点。

上松佑二 『ルドルフ・シュタイナー』PARCO出版,1980

(文:蒔蘿)


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