隈研吾展:東京国立近代美術館
レポート
2021.07.02
カルチャー|CULTURE

隈研吾展:東京国立近代美術館

「新しい公共性」をつくるためのネコの5原則

自由で、自分の欲望に忠実でありたい、

「ああ、ネコになりたい」。仕事が追い込まれたり、人間関係がうまくいかなかったりした時、そう思ったことはないだろうか。ゆったりと体を伸ばし、あるいは丸まって寝息を立っているネコの姿は平和そのもの。見るからに満ち足りていて、羨ましくなる。目が覚めれば、気ままに移動したり、遊んだり。群れず、媚びず、呼んでも来ないかわりに、1人(匹)だけでいても結構幸せそう。

居場所を見つけるのもネコは圧倒的にうまい。我が家には3匹いるけれど、姿が見えないと思うと大体、その時に一番快適そうな場所にいる。それはクローゼットの中だったり、飼い主の体温が残る毛布の間だったり、風が通る窓辺だったりする。寒ければ温かい場所、暑ければ少しでも涼しい所をたちどころに見つけて陣取ってしまうのだ。どこまでも自由で自分の欲望に忠実なネコは、順応の名人でもある。

「新しい公共性」の分類や抽出のヒントは?


建築家の隈研吾の大規模個展「隈研吾展 新しい公共性をつくるためのネコの5原則」が東京・竹橋の東京国立近代美術館で開かれている。1954年生まれの隈は東京オリンピック・パラリンピックのメーン会場となる国立競技場の設計に参画し、国内外で設計した建築の完成が相次ぐ日本の代表する建築家の一人。首都圏では、昨年オープンした高輪ゲートウェイ駅や角川武蔵野ミュージアムが記憶に新しいだろう。本展は自身が選んだ公共性が高いものを取り上げるが、その分類や方法論を抽出する際にヒントにしたのが「ネコ」。章・作品解説は隈自身が手掛け、建築模型にもネコが出現し、服部一成デザインの展覧会ロゴにもあしらわれるなど、ニャンともネコ冥利に尽きる建築展になっている。

会場風景より

基本は、ル・コルビジェが設定した「近代建築の5原則」

こう書くと脱力感たっぷりのようだが、展示は真摯。アーティストによる隈建築の映像作品やインタビュー映像、新たな都市像の提案もあり、隈の現在地と思考が体感的にも分かる展覧会に仕上がっている。

第1会場(有料)と第2会場(無料)で構成され、第1会場では計画中の建築を含め68件を紹介。「孔」「粒子」「やわらかい」「斜め」「時間」という、隈が考えた公共性をつくるための「5原則」に分類され、それぞれ模型や写真、モックアップ(部分の原寸大模型)を展示する。言うまでもなく、この5原則はモダニズム建築のル・コルビュジエが設定した「近代建築の5原則」にならっている。

最初の「孔」は文字通り、ネコが好む穴や建物の間の隙間を指すが、隈は人とモノや環境を「つなぐ」性質にも注目する。その代表例が新潟の長岡市庁舎「アオーレ長岡」だ。壁に地元産木材を多用した広場は洞穴のように見える。隈自身「ぼくが取り組んできた反ハコ、反コンクリートの集大成みたいな建築」(著書『建築家、走る』)としており、一つの節目になった建築と言えるだろう。

「アオーレ長岡」(2012年)の模型
「アオーレ長岡」の模型(部分)

「世界で訪れるべき最も素晴らしい場所100選」にも選ばれた「V&Aダンディー」

スコットランド北部の川に面し、石板を水平に積み上げたような外観の博物館「V&Aダンディー」は建物中央を大きな孔が横に貫通している。分断されてきたウォーターフロントと街の通りをつなげる試みだといい、米TIME誌の「2019年 世界で訪れるべき最も素晴らしい場所100選」にも選ばれた。現代美術家の藤井光が「アオーレ長岡」で過ごす市民の日常を撮影した映像、アイルランドのマクローリン兄弟による「V&Aダンディー」と周辺風景の映像も見逃せない。

「V&Aダンディー」(2018年)の模型とマクローリン兄弟による映像

隈のシンボルにもなった、小さな木材による「小径木の集合体」

次の「粒子」は、建築を「小さな単位(粒子)の集合体」と考える独自の方法論を指す。公共建築に付きものの威圧感が伴う大きさを、「人間のスケール」に引き戻し、親しみやすくする狙いがあるようだ。こちらは隈建築の代名詞になったルーバーや細い木材を多用したものが目を引く。浅草文化観光センター(東京)、梼原木橋ミュージアム(高知)などだ。最大8万人が収容できる国立競技場も、小さな木材である「小径木の集合体としてデザインした」(図録)という。スターバックスなどの店舗建築で用いた木の構造や、別室には継続的に手掛けてきた高知県梼原町の建築を捉えた瀧本幹也の映像インスタレーションもあり、温かみがある木の質感や表情を目の当たりにできる。

梼原木橋ミュージアム(2010年)の模型
会場風景より ヒノキ材を組んだ構造システムのモックアップ

畳んで持ち運びできるモバイル茶室

建築は「固いもの」。そんな固定観念を揺さぶる「やわらかい」要素を取り入れた建築も手掛けている。究極的な一例が美術館ロビーに設置されている「浮庵」。ふんわりと空に浮かぶヘリウムガス入り風船に世界最軽量とされる新素材の布をかぶせた、畳んで持ち運びできるモバイル茶室だ。また東京・山手線の高輪ゲートウェイ駅では、大屋根の素材に透光性がある膜と木造フレームを選択。展示模型からは、駅構内の大空間に外光がたっぷりと入る様子が見て取れる。そしてもちろん、「粒子」でクローズアップされた木材も、こちらのやわらかな素材もネコの大好物だ。

浮庵(2007年)
高輪ゲートウェイ駅(2020年)の模型(部分)

ハコに拘束される以前の、自由なホモサピエンスへの回帰

高層ビルに象徴されるように、「垂直・水平」は都市や工業化社会の原理として機能してきた。一方、「斜め」とは「大地への回帰であり、そこをネコのように飛び歩いていた、ハコに拘束される以前の、自由なホモサピエンスへの回帰なのである」と隈はいう。続く「斜め」の章では、下へ向かう傾斜を持つ屋根や大階段、ずらしの意匠を取り入れたファサードが特徴的な自作に焦点を当てている。

小さい屋根を集結させた中国美術学院民芸博物館(中国)、木材の箱をずらして積み上げたオドゥンパザル近代美術館(トルコ)は、敷地の斜面も生かし、ミュージアムでありながら多種多様な人間が住む町のようにも見える。高層ビルに象徴されるように、「垂直・水平」は都市や工業化社会の原理として機能してきた。一方、「斜め」とは「大地への回帰であり、そこをネコのように飛び歩いていた、ハコに拘束される以前の、自由なホモサピエンスへの回帰なのである」と隈はいう。

続く「斜め」の章では、下へ向かう傾斜を持つ屋根や大階段、ずらしの意匠を取り入れたファサードが特徴的な自作に焦点を当てている。小さい屋根を集結させた中国美術学院民芸博物館(中国)、木材の箱をずらして積み上げたオドゥンパザル近代美術館(トルコ)は、敷地の斜面も生かし、ミュージアムでありながら多種多様な人間が住む町のようにも見える。

中国美術学院民芸博物館(2013年)の模型
オドゥンパザル近代美術館(2019年)の模型

建築におけるSDGsへの言及も

最終章の「時間」は、村野藤吾の代表作「新歌舞伎座」を再建した「ホテルロイヤルクラシック大阪」、モダニズム建築の「東京中央郵便局」を低層階に再現した「JPタワーKITTE」など、リノベーションの仕事が中心。焼鳥屋のインテリアや醤油蔵の改修も紹介し、規模の大小を問わず、「人が集う場」にやりがいを見出す隈の姿勢を伝える。

こちらの展示は古紙とプラスチックを再資源化した燃料チップでつくった「山」に、模型を置くインスタレーション風(山のボロボロ感はネコが大喜びしそう)。SDGsや時が経過した古い建物に向かう意識も感じさせる。

会場風景より

人口減少のいま、提唱するのは、“何も建てない、都市計画”

無料の第2会場では、猫の視点を借りたユニークな都市像を発表している。日本のデザイン・イノベーション・ファームTakramと協働したリサーチプロジェクトで、その名も「東京計画2020(ニャンニャン) ネコちゃん建築の5656(ゴロゴロ)原則」。会場には、東京・神楽坂を自由に行き来するネコたちにGPSを付け、行動を観察した成果をまとめた映像やテキストが並ぶ。高度経済成長期に丹下健三が提唱した「東京計画1960」に応答したものだが、人口増に対応する海上都市を提案した丹下に対し、こちらは人口減少を見据えたような〝何も建てない〟都市計画だ。

会場風景より

「国民的建築家」の知られざる思考が明らかに

東京国立近代美術館が建築家の大規模個展を開催するのは本展が初めて。隈に白羽の矢を立てた理由を、企画した保坂健二朗・滋賀県立美術館ディレクター(元東京国立近代美術館主任研究員)は「建築家として誤解されている面がある。作品のフォトジェニックな側面が強調されがちだが、実際は人間に優しい空間や人が自然と集まる『新しい公共性』を創り出そうとさまざまな試みを重ねている。自分自身、6年前に『アオーレ長岡』を訪れて居心地の良さに感銘を受け、認識を改めた。本展を機に本質に触れてほしい」と話す。

世界30以上の国でプロジェクトが進行する隈は多作で知られ、仕事の全容を知ることは年々困難になっている。「国民的建築家」と称賛される一方、「表層的なデザイン」「作品が似通っている」といった批判も根強くある。そうした中、本展は隈建築の知られざる特徴と思想をかみ砕いて愛嬌たっぷりに伝え、じんわりと再考を促す。そういえば、つい忘れてしまいがちだが、クマはネコ目(食肉目)に属する生き物なのである。

(文・写真:美術ジャーナリスト・永田晶子)


「隈研吾展 新しい公共性をつくるためのネコの5原則」は東京国立近代美術館で9月26日まで。詳細はHPHP(https://www.momat.go.jp/am/exhibition/kumakengo/


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