DESTINATION 最終目的地
レポート
2020.08.19
カルチャー|CULTURE

DESTINATION 最終目的地

眠れない人のための深夜限定配信

COVID-19禍で急速に広がりを見せているエンターテインメントコンテンツのデジタル配信。ツールもインスタグラムやユーチューブ、その他動画配信プラットフォームなど多岐に渡り、もはやスマートフォンやパソコンを立ち上げれば、誰かが何かしらのライブ配信をしている、というのが現状だ。一人で家に籠る毎日、夜に不安で眠れなくなっても、気軽に“誰かと繋がる”ことができる。テレビ番組では2012年にスタートし、NHK総合テレビジョンで不定期放送されている『おやすみ日本 眠いいね!』(直近では2020年7月17日放送)などが「眠れない」をテーマにした企画としてすでにあるが、昨今では個人やインディペンデントなアーティストによる「不眠」などをテーマにした配信が散見されるようになった。

そんななか、2020年6月頭、ある配信企画が編集長の目に止まった。

DESTINATION 最終目的地」は6月2日からの約1ヶ月間、毎日26〜29時限定で配信されていたユーチューブチャンネルだ。毎週火曜日に更新され、1時間程度のアンビエントミュージックには歩く人の後ろ姿や、ゆっくりと移り変わる幾何学的な模様、そして男性が次第に眠りについていく様子が動画で映し出されている。動画の始まりには「睡眠という最終目的地に向かって、あなたを夢の世界へ誘います」と女性の声が

企画者は日本人アーティストSeiho。ミュージシャン・プロデューサーとして自身のレーベルDay Tripper Recordsを主宰、Avec AvecとのポップユニットSugar's Campaignや、近年では三浦大知のプロデュース、矢野顕子などの日本を代表するアーティストとの共同制作など、その活躍はとどまるところを知らない。

そんな彼に、本企画をスタートさせるに至った経緯や思い、エンターテインメントコンテンツの配信についてなど話を伺った。

「思考停止」を目的とした要素


ベースのコンセプトとしては、睡眠障害の方、眠れない方に向けた眠れるための音楽です。ぼーっと見られる映像みたいなものをテーマに、映像のメンバーそれぞれが3〜4分の映像を6〜7個くらい上げてきてくれて、僕の曲をベースに編集していくっていう感じで作っています。構想から配信までめちゃくちゃ早かったですね。明日の夜に配信する最終週が残っているんですけど(取材日は6月21日)、素材もまだ誰からも届いていないですよ。そんな感じで月曜日の夜くらいに素材が集まって、火曜日にぱっと編集して、という感じでしたね」。

参加メンバーは声にSincere Tanya、映像はAnammastra、Doscoi Tanaka、Masaki Miyata、Takuma Nakata、Takayoshi Yamamoto、Yohsuke Chiai。Seiho氏が大阪での活動を主としていた頃のメンバーや2019年の年末に東京タワーの麓の寺院「心光院」にて開催された年越しイベント『NOBODY』でも映像を担当していたメンバーなどが集まって動画が作られている。

まず注目したいのは、どこか深く悠遠な場所へ導かれるような映像だ。歩いていく人、夢で見たような景色、ゆっくりと変化するグラフィックス、そして終わりが近付くに連れて眠りに落ちて行く男性はSeiho氏自身だ。

最初はシンセサイザーと一緒に僕を見ているけど、その後、僕が最終的に寝ていく様を見ている時、いつの間にか感情移入するようにならないかな?と。携帯を見ながら寝ている僕の姿が、見ている人と同じ形になっている可能性があって、見ている人も 『あれ?これ自分を遠くで見ているのと同じ状態になっている』とか。俯瞰で見ている自分の状態と重なっているみたいな瞬間になった時に、画面の向こうのアーティストと向き合っているんじゃなくて、自分自身と向き合える。そういう構造にしたかったんです」。

“自分自身と向き合う”というもう一つのテーマは、前述の心光院での年越しイベント「NOBODY」からの流れがあったという。

「年末年始って、クラブに行っていろんな人に会って挨拶するけど、自分と会える場所ってあまりないなと思ったんです。お寺に行って手を合わせる瞬間がそういう時間だと思うんですけど、自分に “今年一年はどうしよう”と話しかける、そういう場所を作ってみたくて。NOBODYで初めてそういう場を作ってみて、あの時くらいから、そういう “自分と向き合う”とか “社会から自分を切断する”ということに興味があったんですよね」。

ライブではシンセサイザーなどでのパフォーマンスと同時に花を生けることもある同氏だが、アンビエントミュージックの中には「思考を停止する」という禅の思想にも繋がる構造があり、そこに魅力を感じているという。『DESTINATION 最終目的地』にはそういった「思考停止」を目的とした要素が組み込まれている。そこにはSeiho氏自身の体験も元になっているのだそう。

「やっぱり眠れない大きな原因って、世界と繋がっていたいっていう欲望やと思うんですよね。僕が特にそういうタイプなんで。ちっちゃい頃から寝るのがすごい怖くて。僕が寝てる間に何かおもしろいことがあったらどうしよう、誰かが面白い話をしだしたらどうしようみたいな不安で寝られないんですよ、いつも。あと、寝るっていうことに対する罪悪感がすごいあって。それって世の中との切断に対する恐怖心なんじゃないかなと。それでこの数年、いろいろ本読んだり勉強している中で、それこそ自宅で普通にお茶するとかもそうですけど、世の中から切断する時間は人間にとってすごい必要なんやなって。そういうことがアンビエント作品に対しては一つ目的としてありました」。

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ミュージシャン・プロデューサー Seiho

配信とリアルは明らかにコンテンツとして “ものが違う”


毎日26〜29時という深夜だけ開かれるチャンネルは、動画を通して「誰かが自分と同じ時間を過ごしている」という安心感を与えてくれる。自分の好きなタイミングで好きな音楽を聞くのとは違い、 “いま”を共有している・繋がっているという感覚はライブ配信(時間限定配信)ならではだ。企画の裏側には、ライブ配信に対するある考えがあったという。

コロナ禍に出てきた色々な配信ライブを見たり聞いたりしていて思ったのは、音楽自体がコンテンツになっていない”ということ。実際はライブを見ながら視聴者同志でコメントしたりして他の人とコミュニケーションを取っていたり。ちょっと意地悪な言い方をすると、みんな音楽が必要でライブハウスやクラブに行っていたわけじゃなかったんだ、って。音楽って、映画とか小説と違って、向き合わなくても聴けるから、コンテンツとしては違う用途としても使われるんですよね。だからこうして配信するってなって画面だけになると、料理とか他のことをしながらでも聴ける。ライブハウスみたいに演者がいて客席があって、その客席がシアター型で、というのとは違ってリスナー側の条件が揃っていない。演者もリスナーも画面を見ているけど、両者が向き合った構造にはなっていない、というヘンテコさがある。それを逆手にとって、この条件さえ揃えばなにか面白くできるんじゃないかなと思って、そのために “眠れない人に向けて”とか時間を限ってスタートしたというのが最初です」。

“条件を揃える”というのはSeiho氏のライブ配信に対するテーマの一つだという。2000年代に広がったネットラジオなどでDJやパーティーをしていた頃にも、「この日はみんなでお寿司を食べましょう」と事前に伝え、実際に寿司を食べながら放送を行うということもあったのだそうだ。スマホ一つあれば自宅で視聴も配信もできる気軽さ・自由さはアーティストと視聴者側の両者にメリットも多い。しかし裏を返せば、条件の限られるライブでは比較的容易に得られた「一体感」へのハードルは限りなく上がっていると言える

その一方で、今回のコロナ禍で音楽関連のコンテンツにおいても浸透しつつある配信特有の楽しみ方の1つが、視聴者が自由に書き込み可能なチャット機能だ。チャット機能付きの動画配信は2000年代半ばに出現した『ニコニコ動画』やそれ以降に登場した動画配信アプリなどによって既に定着していたが、メジャーアーティストがドームライブを配信で行い(2020年6月25日にサザンオールスターズが多数のライブ配信メディアから無観客ライブ配信を実施)そこでチャット機能が使われるなど、音楽ライブの分野においても今後益々拡張していくことが予想される。こういった場合、コンテンツの在り方としては、音楽そのものというよりも「誰か(他の視聴者もしくは画面上のアーティスト)との交流を楽しむ」というコミュニケーションツールとしての比重が高くなっているように思う。

「今回のタイミングで大きいポイントだったのは、配信とかSNSというのはまた別の空間で、これをリアルとくっつけたりして考えるのは危険だということ。全然違う別物。配信で見るならドームライブよりも自宅でそのアーティストが喋っている方が、もしかすると、みんななんだかんだ興味深いわけじゃないですか。そういうところで、明らかにコンテンツとして “ものが違う”ということが明らかになったら、変わっていくんじゃないですかね。ただ、ライブで生計をたてている人たちが突然こっちのコンテンツに移るのは難しいと思うので、ゆるやかに、だと思うんですけど」。


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みんなが同じ方向を向いていることがみんなの救いにはならない。
自分が作るものは、そういうものに対するカウンターでありたい


ライブ配信を含む動画コンテンツとしては、Seiho氏は自身がプロデュースするおでん屋「そのとうり」のユーチューブチャンネル『ヴァーチャルおでん そのとうり』を開設している。Sugar's campaignのゲストボーカルでもあり「そのとうり」の店主であるあきお氏やその他ゲストが出演するトーク番組で、映像は360度撮影のカメラで撮られている。トークを聴きながらなんとなく店内をぼーっと眺める、という楽しみ方ができ、まるで横に座って隣で話している会話を聞いているような感覚になる。Seiho氏は「関西の深夜番組で、芸人さんがバーのマスターの設定で、そこに近所のおっちゃんとゲストが来るみたいな設定にしたかった」と話していた。

テクノロジーって、どこまでいっても人間が抱いていた勘違いを勘違いではなくする装置でしかないと思うんですよ。これは宗教的なこともあるし天動説、地動説の話もそうだし。コロナ禍で “音楽でひとつになろう”って言ってみんながSNSにアップしたりしていても、そうすることによって1つになれていないこと、思想が1つじゃないってことだけがどんどん暴かれて強調されていっている気がする。それを別に批判するとかではなく、貴重な体験だなと思って見ていました。ただ自分が作るものっていうのは、そういうものに対するカウンターであって、それによって何かしら救われる人間がいるんじゃないかなと思うんです。みんなが同じ方向を向いていることが意外とみんなの救いにはならないと僕は思う。だから、違う意見があってもいいと声高にする必要も別になくて。自分が居心地のいいところに各々逃げていけばいいんじゃないかって、そういう思想が根本にある感じですかね。配信に対してもSNSに対しても」。

誰しもが多かれ少なかれ不安を抱えて過ごす今、メンタルヘルスをいかに保つかということは益々大きな課題となる。ストレスや不眠の解消を求めて「誰かと繋がりたい」と感じている視聴者にSeiho氏が用意したのは “思考停止”する場所だ。形のない場所にアクセスすると、自分と同じ不安を抱える見えない誰かと時間を共有しているような安心感が生まれる。そしてその誰かは、俯瞰して見た自分自身かもしれない。Seiho氏のインタビューからは可視化された分断社会や、個人の中に存在するマイノリティによる孤独感、疎外感を持つ人たちを排除しない、フラットな思想を感じた

「この1ヶ月間の配信は、本当に大変でした。最初僕は、こんなことくらい自動でできるやろと思ってたら、人力でやるしかなくて。毎日ずっと僕が2時に起きて公開だけして5時にまた起きて非公開にするっていう作業。僕が勝手に言い出したことだから誰かにやってもらうのも申し訳ないし、じゃあもう全部やりますって言っちゃったけど、それによって一番僕が不眠症です。めちゃくちゃですよこの企画は。僕が毎日2時に起きて5時に締めてるっていう、この温もりをみんな感じて欲しい(笑)」。

1ヶ月弱の配信が終了し、6月30日の24時にこれまで時間限定で公開されていた全ての音源の配信がスタート。24時間いつでも聞くことが可能になった。その日のSeiho氏のツイッターには以下のような投稿がされた。

「眠れない人の為の放送DESTINATIONが本日24時に過去動画全て公開、いつでも聴けるように配信リリースされます。でも、これで終わりではありません。《僕が本当に伝えたかったこと、その真意に気がついてくれたあなたが必要です。もう誰とも繋がらず、思考停止して。》また追って連絡しますね。」

【取材・文:堀坂有紀(『ACROSS』編集部)】


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