■都市のコード論:NYC編  vol.06
テーマ:HOTEL
レポート
2018.03.08
カルチャー|CULTURE

■都市のコード論:NYC編 vol.06
テーマ:HOTEL

在NYC17年の日本人ビジネスコンサルタント、Yoshiさんによるまち・ひと・ものとビジネスの考察を「都市のコード論:NYC編」と題し、不定期連載しています。

1年半ぶりの起稿。テーマは“HOTELと都市“です。日本でも異業種からの参入が増え、新しい展開をみせていますが、NYでは? データとともに解析します。


ニューヨーク市内で新しいホテルのオープンが相次いでいる。


2015年時点で市内には696件のホテル (107,000室) が営業していたとされているが、その後新規オープンが続き、2017年10月時点では、ホテル数はおよそ785件、 部屋数は115,000室に達したと考えられている。

ニューヨーク市のマーケティングを担うニューヨーク・シティ・アンド・カンパニーが2017年に発表したレポートによると、2017年末から2019年までに、おおよそ40-50件の新しいホテルのオープンがさらに予定されていて、27,000室が追加されることになり、その結果2019年末には900件近くのホテルが市内に存在することになる。

新しいホテルの業態はさまざまで、部屋数をみても14室のみの小規模なものから600室を超える大型のものまでそのバラエティは幅広く、ターゲットとする市場のセグメントもさまざまだ。とはいうものの、そこには共通する傾向もあり、そして新しい試みも散見される。

ということで、今回はNYマンハッタンのホテルの変化についてデータとともに解析してみることにした。



2015年以降オープンした (そして今後予定されている) ホテルの数を、ボロウ (区) ごとにみてみよう。

ニューヨーク市の中心であるマンハッタンでは、1年に20−30件のホテルが継続してオープンしていることがわかる。少し前に話題になったブルックリンも毎年5-10件ほどオープンしているもののすでにピークアウトしている。

一方、クイーンズでは2017年と2018年にそれぞれ10件前後、2019年には15件のホテルのオープンが予定されており、そのペースはブルックリンを上回っている。


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ボロウ別でなにより注目すべきことは、2017年からブロンクスにもホテルがオープンしていることだ

1980年代の犯罪のイメージから観光とは縁遠かったブロンクスが、いよいよ市内のホテル戦線に参入したことになる。確かに地下鉄に乗ればブロンクスからマンハッタンの中心部まで30分ほどで着くことができるし、近年はブロンクスの南端に位置するサウス・ブロンクスの開発も進んでいて、2017年に市内で家賃の大きな上昇率を示した地区の上位はブロンクスが占めていると報告されている。

ビジネスやエンターテイメントが圧倒的にマンハッタンに集中していた状態から、近年その重心は少しずつ隣接する他のボロウへと分散傾向にある。ブルックリンからクイーンズ、さらにはブロンクスへと、オープンするホテルのロケーションの移動は、人々の注目の移り変わりをも反映しているといえる。

ホテルの新規オープン (2015-2019年)を、マップにしたのが下のリンクである。
バブルの大きさはそれぞれのホテルの部屋数を示し、それぞれのホテル名と部屋数をインタラクティヴにみることができる。

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2017年11月に東京は錦糸町、大阪は本町にオープンしたマリオット・インターナショナルが20〜30代のミレニアル世代を対象とした家具や内装にこだわったデザイナーズホテルブランド「モクシー・ホテル」。ウエブサイトもポップで従来のホテルのイメージとは異なる。

マンハッタンをみてみると、伝統的に観光客とホテルが多いミッドタウンにひき続き新しいホテルが多くオープンしていることがわかる。

たとえば、マリオットが手がける、612室のモキシーNYCタイムズ・スクエア (http://moxy-hotels.marriott.com/en) が2017年にオープンした。

やはりミッドタウンのハドソン川近く、ハイラインの北端に位置するハドソン・ヤーズでは大規模な開発が進んでいる。最新のインフラを備えた大型オフィス・スペースが建設中で、完成と共に多くの企業がミッドタウンからハドソン・ヤーズへと移転することが予想されている。企業が移転する先にホテルができるのは当然なのだろう。ハドソン・ヤーズの隣には巨大なコンヴェンション・センターであるジャヴィッツ・センターもある。部屋数の多い大型ホテルが多いのもミッドタウンの特徴といえる。

マンハッタンの南端に近いファイナンシャル・ディストリクト (旧金融街) からバッテリー・パークにかけても新しいホテルが増えている。グラウンド・ゼロ1ワールド・トレード・センターが完成したことで、コンデナストやデイリー・ニュースなど、多くのメデイア企業がタイムズ・スクエアからダウンタウンへと移転している。そうしたビジネス向けの需要はもちろんのこと、ロウワー・マンハッタンはかつての金融街から比較的若年層の人たちが住む地区へと急速に変化している。伝統的な観光地のミッドタウンを敬遠してロウワー・マンハッタンに宿泊することを選ぶ観光客も増えているということなのだろう。


 
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ハドソンヤードの開発のようす(2018年1月撮影)


ブルックリン
はというと、ダウンタウンウィリアムズバーグからグリーンポイントにかけて、そしてクイーンズではロング・アイランド・シティのほかにジャマイカでもホテルがオープンしている。

ロング・アイランド・シティは、マンハッタンのミッドタウンまでイースト・リバーを超えてすぐの場所にあり、マンハッタンよりも手頃な宿泊料金に設定されている。さらには部屋から川の向こうにマンハッタンの眺めを楽しむことができる。マンハッタンに滞在していたら目にすることができない贅沢だ。JFK空港行きのエアトレインが発着するジャマイカは、空港と市街地との両方へのアクセスの良さからホテルができているようだ。

ホテル数が急速に増えていることから、ニューヨークのホテル需給は緩和すると予想されている。激化する競争に生き残るためのカギは、差別化にあるようだ。

ニューヨーク市シティ・プランニングのレポート
によると、市内のホテルの部屋数のおよそ38%は独立系のホテルだという。チェルシーにあるハイライン・ホテル (http://thehighlinehotel.com/)、ミッドタウンのルーズヴェルト・ホテ (http://www.theroosevelthotel.com/)ロジャー・スミ (https://www.rogersmith.com)、ブルックリンのウィリアムズバーグのウィリアム・ヴェイル (https://www.thewilliamvale.com/) などが独立系に相当する。

これらのホテルは全国展開する大手ブランドとは提携していない。戦略的な選択だ。

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市内に43,600室あるとされる独立系ホテルの部屋のうち、49%は広義のハイエンドに属し、エコノミーのセグメントに相当する部屋数はその28%にすぎない。独立系のホテルがハイエンドをターゲットとしていて、独立系
であること (大手ブランドの一部ではないこと) を高付加価値化に利用していることがわかる。実際に、大手を避けて、独立系のホテルでの宿泊を選ぶ人は増えている。


独立系のホテルは、マンハッタンではダウンタウンブルックリンの一部クイーンズのロング・アイランド・シティなどでオープンしている。典型的な観光地ではない場所の選定がその価値の欠かせない一部であり、ハイエンドのイメージとロケーションが分かちがたく結びついていることがわかる。ロケーションはそのブランドの一部といってもいい。

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トリップ・アドバイザーが買収した現地ツアーの予約ができるプラットフォーム「ヴィアター(www.viator.com)」。

興味深いのは、大手ブランドもニューヨークでは独立系のアプローチを模索していることだ。

テキサスを拠点とするあるデベロッパーは、通常マリオットやヒルトンと提携してホテルを展開するものの、ニューヨーク市内では大手ブランドと提携せずに運営している。

なかには大手ブランドの傘下であることを隠して、独立系にみせて運営する覆面独立系ホテルもあるという。そのため、市内のホテルを独立系と非独立系にホテルに分けることは容易ではない。少なくともニューヨークに関する限り、ハイエンド市場は、独立系としての独自性を提供することが条件となっているようだ。

同時にヒルトンマリオットも、別名を用いたソフト・ブランドのホテルをオープンし、より小規模で、標準化されていない部屋を提供しようとしている。

日本でも2018年の春に軽井沢にオープンする予定のキュリオ・コレクション・バイ・ヒルトン
(http://curiocollection3.hilton.com/en/index.html) や、タイムズ・スクエアとミッドタウンの2カ所にあるマリオットのオートグラフ・コレクション (https://autograph-hotels.marriott.com/) などがその例であり、既存のブランドとは距離を置く位置づけになっている。

ソフト・ブランドはブティック・ホテルとして運営しつつ、同時に大手ブランドの一部として、予約やリウォードのシステムにアクセスできる利点もある。

 
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2017年、マンハッタン31丁目にオープンしたライフ・ホテルは、かつて雑誌『ライフ・マガジン』の本社だった建物を改修したものだ。

ホスピタリティのビジネスにもテクノロジーとデータは欠かせない。
ニューヨークのホテルでは、自分でチェックインを済ませるところが増えているiPadに接続された端末を利用してチェックインする。わからなければ、必要に応じてスタッフが助けてくれる。テクノロジーの利用でコストを抑えるホテルは多い。


ホテル各社はゲストに関する大量の情報を有している。そのデータをもとに、それぞれのゲストにどんなサービスを提案するのかがビジネスを左右することから、ホテル・テクノロジーのスタートアップ企業の買収も活発になっている。

現地ツアーを予約するサイトのヴィアター (https://www.viator.com) を買収したことで、ホテルやレストランの予約サービスを提供するトリップ・アドバイザー (https://www.tripadvisor.com/) では、ホテル以外の売上が31%増加した。マリオットは、データに基づいて、それぞれのゲストが気に入りそうな体験を個別に提案している。


ローカルな体験を提案するホテルは多い。マリオットが最近買収したアロフト・ホテル (https://aloft-hotels.starwoodhotels.com/) は、ローカルのアーチストによる音楽の演奏をスポンサーしている。ホステル感覚のブティック・ホテルを謳うモキシーは、部屋は狭くそれ自体がニューヨークの経験だという。

こうした動向の背景には、ホテルの競合はairbnbだという認識がある。airbnbがマーケットする、これまでのような観光客ではないローカルとしての体験をとりこむべく、宿泊に付随するローカル性をホテルが重視し始めていることが、現地ツアーやアクティビティの予約サイトの買収を後押ししている。ホテル周りのビジネスをいかにして取り込むのかは、これからも大きな課題だ。

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アーチ状の構造を多く手がけた建築家、エーロ・サーリネンによって1962年にTWA航空のターミナル4をホテルに改修したTWAホテル。
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TWAホテルのHPより。独特のレトロモダンな内装はある層にとっては宿泊することが目的となりそう。


新しいホテルを見て回ることで気づくことのひとつは、かつてのように、入口を入ると目の前に巨大なレセプションが広がっているという光景を目にすることはないということだ。ハイエンドのホテルにその傾向が強く、大きなデスクの背後に何人ものスタッフが立って待ち構えているという光景は過去のものになりつつある。

自分でチェックインするためのiPadが並んでいる以外には、入口のフロアにはソファが並ぶくつろぐ場所があったり、レストランがあったりする。2017年にマンハッタンの31丁目にオープンしたライフ・ホテル (https://lifehotel.com/
) のように、入口を入ってもどこにレセプションがあるのかすぐにはわからない、むしろレセプションをできるだけ見せないようしているようにさえ思えるところもある。

ライフ・ホテルはかつての雑誌の『ライフ・マガジン』本社だった建物をホテルに改修している。商品をマーケットする際に、それにまつわる物語を付加する物語マーケティングが一般化しつつあるが、ライフ・ホテルは既にそこにあるライフ・マガジンのレガシーの周りにホテルというビジネスを構築したのが興味深いところだ。

他の場所で再現不可能なプロジェクトには、他にはない固有性がある。オーセンティックなトーンを前面に出している内装にもそれは見てとれる。新しいコンセプトやデザインを考えたところで、ひとたび注目されたらそれはすぐに模倣され、あっという間に世界中でコピーされる。模倣されることを避けるためには、他にないユニークな場所を開発するしかないということなのかもしれない。

他にはないホテルといえば、JFK空港内で工事が進んでいるTWAホテル (https://www.twahotel.com) は、かつてのTWA航空のターミナル4をホテルに改修するものだ。 エーロ・サーリネンの手によって1962年にオープンしたターミナルで、トランス・ワールド航空 (TWA) はもちろんもう存在しないが、
その歴史とアイコニックなターミナルを利用したホテルとして復活する。
 
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1980年代にブティック・ホテルのコンセプトを導入したイアン・シュレージャーが手がけるPUBLIC HOTEL。冒頭のソファーの部屋の写真もここ。日本だと結婚式の会場としてのニーズは必須だが、NYの場合はアートイベントや音楽イベントが開催できるようなスペースを設けるところが多いよう。(https://www.publichotels.com/)
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日本における近年のデザインホテル、ブティックホテルのトレンドは、2012年にブルックリンに暮らす3人のオーナーの手によって開業したこのWHYTHE HOTELが有名だ。1901年に建てられた、精糖所に納める木樽を製造する工場をリノベートしたインダストリアルな意匠は、その後の日本における“ブルックリン・ブーム”や“ポートランド・ブーム”を後押ししたが、そういった表面的なことに留まらず、小資本(インディペンデント)であることをはじめ、レストランのメニュー、バー、パブリックスペース、ジムなど、従来の都市のホテルユーザーとは異なる“新しいラグジュアリー”なライフスタイルを提案していた点こそが新しい(写真は2013年8月に撮影したもの)。
 
ホテル・ビジネスの競争の中心は、部屋よりも宿泊の周辺へと移動している。

昨今の宿泊客の半分はレストランでホテルを選ぶというデータもある。ライフ・ホテルのロビーはレストランをフィーチャーしていて、近所の人たちが立ち寄るような場所を目指しているという。同レストランは、レストラン起業家のステファン・ハンソンが所有・経営している。

ホテルの中のレストランの多くは第三者の業者が経営し、ホテルとのシナジーが欠けていることが多い。ライフ・ホテルではハンソン自身が同ホテルに投資をしており、レストランの売上の一定の率を家賃としてホテルに払う仕組みになっている。

一般的に、レストランをオープンした後、その周辺が人気の地区になったら、家賃が上がり今度は追い出されることになりかねない。不動産価格の高騰に終わりの見えないニューヨークでは頻繁に耳にする話だ。ビジネス面での新しい取り組みは、その防止策でもある。

2017年にロウワー・イースト・サイドにオープンしたパブリック (https://www.publichotels.com/) は、1980年代にブティック・ホテルのコンセプトを導入したイアン・シュレージャーが手がけるホテルだ。

その名が示す通り、誰もが立ち寄ることができるように、コワーキング・スペースパブリックの場所があり、仕事をしたり、打ち合わせをしたりしている人たちが多い。上層階にはフード・ホールバーがあり、地下にはコンサート・ホールもある。エンターテイメントは利益が出せるものの、ホテル産業にノウハウがない部分でもある。その開発の意図がある。

こうしてみると、新しいホテルにはいくつかの傾向がある。宿泊周りの体験をとりこむこと。他にない固有性を求めるところもある。そしてテクノロジーとデータがホテル産業の未来に欠かせないコアであることも間違いのだろう。

[取材・データ/文:Yoshi(在NY・コンサルタント)]

 

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SEA-NYP
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SEA-NYP

8月最後の週末にシアトルからニューヨークまで列車で横断することにした。そう言うと、なぜそんなことをするのかとたずねる困った人が時々いるが、もちろん理由などない。そうしたかった、それだけだ。強いて言えば、特に夏らしいことをしていなかったからとでも言えるかもしれないけれど、それなら列車で横断するのは夏らしいことなのかとたずねられるかもしれないので、やはり理由や目的といった、もっともらしく聞こえるくだらないことを云々するのはやめて、さっさと駅に向かおう。 この国を横断して走る長距離列車アムトラックのシアトルの駅はダウンタウンにある。空港と違って、列車の駅は各都市の中心地にあって便利なのだ。 シアトル駅 (SEA) を午後4時55分に出発する「エンパイア・ビルダー号」は出発から2日後の午後4時前にシカゴに到着する予定で、そのシカゴでさらにニューヨーク行きの列車に乗り換えて、そこから21時間後にニューヨークのペン駅 (NYP) に到着するのが全体の旅程になる。3日間かけて西海岸から東海岸へと移動するわけだが、なにしろ遅延の多いアムトラックのことだから、予定通りに走ればという大きな条件がつくことになる。 オンラインで予約したチケットを駅の案内所で受け取ろうとすると、名前 (ラストネーム) をたずねられただけで、IDの提示を求められることはなかった。 滞在に必要な正式な書類をもたずにこの国で暮らす移民は数多くいるが、彼らが長距離を移動するときにはアムトラックを利用することが多い。フライトではパスポートなどの提示を求められることからリスクが伴う。アムトラックがチケットの受け取りにIDの提示を求めないのは、そうした事情の上にある不文律なのかとも思えてくる。 シアトルを夕刻に出発し、海辺に沿って走る車内に注ぐ陽の光は勢いを失った夏の色をしていた。 シアトルを出たときには半分ほどしか埋まっていなかった席も、シアトル近郊の町で少しずつ乗客を集めながら走ることで徐々に埋まってゆき、しばらく空いていた隣の席にも女性が座った。モンタナで一人で暮らす年老いた母親を定期的に訪れているのだという。旅は道連れというけれど、この隣に座った女性はモンタナのグラスゴーで降りるまでの向こう24時間の道連れということになる。 今回の列車の旅で残念だったことは、食堂車が寝台客の利用のみに制限されていたことだった。長距離列車の最大の楽しみといえば食堂車なのに、その楽しみは出発後間もなく潰えてしまった。車中のアナウンスによると、アムトラックでもやはり人手不足が続いているようで、多くの乗客を食堂車に受け入れるにはスタッフの数が足りないということらしい。 隣に座った道連れは、食堂車が利用できないことを事前に聞きつけていて、多くの食べ物をもちこんでいた。なかなか準備がいい。こちらは食べ物をもちこもうにもシアトルの駅には売店が一切なく、さらに周辺にも食料品店はないときていて、そんな飢えた者を憐んでのことか、食堂車で一般乗客にテイクアウトで販売する「ラスト・コール」でホットドッグを確保した。このラスト・コールを逃すと、翌日の午前6時半まで飲み物も食べ物も何も手に入れることができない。 シアトルを出て8時間後の午前1時頃にワシントン州東部のスポケーンに到着。ところがここで3時間列車は動かないという。乗客の多くは寝ていて、列車がずっと止まっていることにも気づいていないらしい。 しばらくすると、プラットフォームに出ていた道連れが席に戻ってきて、車掌と話しをしたところ、このスポケーンで連結することになっているオレゴン州ポートランドからの列車が3時間遅れていて、そのためここで3時間待つのだという。すぐ誰にでも話しかけるお喋りな人はどこにでもいるものだけれど、この道連れは耳よりな情報を嗅ぎ分けてもち帰ってくる。 アムトラックは第三者が所有する様々な線路を利用して運行していて、その線路利用には種々のルールがあると聞いたことがある。線路によってはアムトラックのような旅客列車よりも貨物列車を優先するところも多い。ポートランドを出た列車はワシントン州の南部のルートを走ってあちこちで乗客を拾いながらこのスポケーンで合流することになっているものの、その途中で長時間停車した貨物列車に遭遇し、アムトラックも動くことができなかったそうだ。こうした場合、貨物列車が動くのを待つ以外にアムトラックにできることはない。 スポケーンで停車中の3時間は、乗客は好きに車外に出ることができる。陰鬱な天候で知られるシアトルがシアトルらしくない暑さだったのとはうってかわって、内陸のスポケーンの真夜中過ぎはずっと涼しく、季節がふたつ先に進んだようだった。 煙草を吸うために定期的に席を立ち、プラットフォームをぶらぶらしていた道連れが戻ってくると、駅を出たところにバーがたくさんあるから飲んできたらどうかと車掌が言っているという。 電車が立ち往生したことで、降りるはずのなかった見ず知らずの町で午前3時にバーにくり出してみるとは魅力的な案だ。もう少し早く教えてくれたら駅を出て徘徊したのに。世の中の多くの人が眠っているこの時間に、知らない町で知らない人と人知れず話しをすることにはどこかひそやかな楽しさがある。3時間の遅延もそう悪くはない。 ポートランドから到着した列車と連結し、ようやくスポケーンを出るとすぐにモンタナ州になり、しばらく走ると夜明けが訪れた。 モンタナ州に入るとドラマティックな景観が次々と展開される。 列車が停車する駅のなかには10-15分停車するところもあり、その場合には乗客も外に出て、新鮮な空気の小休憩をとることができる。プラットフォームにいる乗務員が”All aboard!”と叫ぶのが出発の合図で、それを聞くと乗客はぞろぞろと車内に戻ることになる。外に出て休憩できる駅に着く前にはその旨車内でアナウンスがあるが、外に出てもいいが遠くに行くと置いていくぞと警告があるのもお決まりなのだ。 近代は列車とともに始まると書いた歴史家がいたが、このいかにも大袈裟で巨大な機械仕掛は現代には属していないように思えてくる。その歴史家は列車に関する本を書くと言いながら実現することなく亡くなってしまったが、21世紀にどのように列車を記すつもりだったのだろう。 モンタナ州で育った道連れは、シアトルとモンタナの往復を何度もしていて、この路線のことをよく知っている。エンパイア・ビルダー号のいいところのひとつは壮大なグレイシャー国立公園を走り抜けるところだが、眼下に川を臨みながら走る名勝は20分ほどしか続かない。もうすぐそこに通りかかるから、今のうちに展望車に行って、進行方向に対して左側の席を確保した方がいいと教えてくれた。 モンタナは巨大な州だ。ずいぶん前にやはり東海岸と西海岸をアムトラックで横断したときに、6時間走ってもモンタナの景色が変わらず閉口したと道連れに告げると、6時間ではなく12時間だろうと言って笑い、モンタナは巨大すぎると誰に対するものなのかわからない不満を漏らした。 24時間の道中で、道連れとはいろいろなことを話すことになった。最も長く話したのは大学のことかもしれない。 道連れの子供は二人ともいまワシントン州立大学 (UW) に通っていて、卒業後に何をするのかわからないまま高騰を続ける授業料を払って大学にやる、どの親にも共通するちょっとした不安をやはり抱えているようだった。 米国の州立大学では、その州内に住む人は授業料が安くなる。その裏返しというわけか、州立大学のなかには、正規の授業料を払う外国人や州外からの学生に授業料収入を依存するところも少なくない。そうした事情が関係しているのかどうかはわからないが、UWの学生の出身国は実に様々だと道連れは強調しながらも、中国出身の学生のネットワークはあまり目にしないとつけ加えた。 中国人にはカナダのヴァンクーヴァーを好む人が多く、そこに不動産を買って、子供の教育を受けさせる家族も多い。そのことを言うと、「そうかもしれないけれど」としながら、ヴァンクーヴァーにはUWのような一流校がないというのが道連れの返答だった。 シアトルの人がカナダのヴァンクーヴァーに言及するときには「ヴァンクーヴァー、BC」という言い方をする。BCはブリティッシュ・コロンビア。ヴァンクーヴァーという地名はオレゴン州との州境に近いワシントン州にもあり、ワシントン州のヴァンクーヴァーと余所の国のヴァンクーヴァーを区別するためだ。おかげでこちらも、道連れがモンタナで降りるまでは「ヴァンクーヴァー、BC」とアメリカ北西部語を使い続けた。 道連れがわざわざ外国人学生のことを話題にしたりするのは、隣に座った外国人に対する配慮なのかもしれないが、ひょっとしたら道連れが聞きたかったのは、なぜ彼女の道連れの外国人がこの国で暮らすことになったのかということだったのかもしれない。はるか遠くの国からわざわざこの国の学校にやってきたのには理由があるはずだし、道連れの子供が通う学校に多い外国人学生のことを理解する一助になるのかもしれない。 それでも直接そう聞くことをしなかったのは、その質問が外国人風情の人に「どこから来たのですか」とたずねることと同じくらい失礼なことだと思ったのかもしれない。 「どこから来たのですか」。他意のないその質問は、「あなたは他所からやってきた人で、この国に属していない」ということを知らしめることにもなり、私たちの国と他所からやって来たあなたの間に優しい言葉で濃い線を引き、深い溝を刻む。 いわゆるリベラルな人たちの間ではそれは常識らしく、シアトルに住み、自分が育ったモンタナの保守的なところにしばしば批判的な道連れも、その一人であるのは間違いない。 ニューヨークでは「どこから来たのですか」とたずねることは失礼ではないと誰かが言うのを聞いたことがある。この街に住む人は大方どこか別のところから来ているわけだから、誰もが余所者なのだ。余所者ばかりの街で「どこから来たのですか」とたずねるのは、人と初めて会ったときに最初に出てくる当たり前のきっかけであり、少しも失礼なことではないというのがその言い分だった。 反対の見方もある。ニューヨークに住む人の大半は余所からやってきた人たちであり、この国に暮らすことになったいきさつなど、石を投げたらあちこちで当たりすぎて話など聞いていられない。なぜこの国にやってきたのか、そんなことはどうでもいい。それよりも今あなたは何をしているのか、そのことが大事なのだ。仮に生まれた国を必然とするなら、必然ではない場所に住む、自分と必然性のないところに暮らす楽しみだってある。 長距離列車の車内は、断続的に立ち上がるコミュニティ群とでもいうべきところがある。必然性のない隣に座り合わせた人と、どこへ行くのか、そこで何をするのかから話しを始め、高速で共通項を検索する。 展望車の隣の席から聞こえてくる話の断片によると、この展望車で隣合わせになったボストンからやってきた事業家の夫婦とミシガンの事業家夫婦の間には、話を始めて15分のうちにいくつもの共通点があることがわかり、それ以来その二組の夫婦は双子のようにずっと車内で行動を共にしていた。これは似た者同士の必然なのかもしれない。 それを言えば、シアトル近郊に住む道連れにとって不幸だったことは、隣に座った外国人との間に共通項がありそうにないことだった。私は日本にもニューヨークにも行ったこともないし、最も東に行ったのはシカゴまでだと話していたのはそのためなのだろう。 道連れにとって多少幸運だったのは、もう10年以上も前になるけれど、毎月のように頻繁に訪れていたことで、彼女の道連れがシアトルを多少知っていることだった。実際久しぶりに訪れたシアトルでは多くのことが変わっていた。 SeaTac空港が大々的に改修されていたこと、空港からダウンタウンまで3ドルでライト・レールが直結していたこと、ウォーターフロントを走っていた高速道路が取り壊されていたこと。なにより人の雰囲気がずっと明るく感じられた。珍しく天気が良かったせいかもしれないが、あちこちに2020年代へのアップデートが進んでいる印象が強く感じられた。 そうしたことを話していると、この道連れは驚いたことに、ライト・レールや水上タクシーなどシアトルの交通手段を運営する所管を詳細に知っていて、そのあり方について独自のオピニオンをもっていた。 おそらくはネイバーフッドの打ち合わせに頻繁に顔を出しては発言したりしているタイプなのだろう。話の内容によっては「シアトル、つまりキングス郡」と地理上の単位を正確に規定し直してみたりと、どうもこの道連れには都市の蓋を開けてしまった人の匂いがする。道連れの方でも、この外国人は会話のおかしなところばかりに食いつくのだなと思っていたに違いない。 スポケーンでの3時間の遅延をそのまま持ち越して、予定よりきっちり3時間遅れで到着したモンタナ州のグラスゴーで、24時間の道連れは降りていった。道連れのおかげでモンタナに少し興味が出てきた。 二日目の朝。 セントポール。この後ミシシッピ川を越えてウィスコンシン州に入り、ミルウォーキーを経てシカゴに向けて南下する。 出発から48時間後にようやくシカゴに到着。スポケーンで3時間遅れたものの、シカゴ着は予定より2時間15分遅れだった。シカゴでの乗継ぎを逃してしまった乗客も多くいたらしく、アムトラックの係員と対応について話しをすることになるらしい。 ニューヨーク行きの列車の出発まで4時間ほどあるため、駅の中にあるバーで休憩することにした。駅のバーに相応しい場末感がたまらない。なぜ空港はどこもあんなに恥ずかしくピカピカにしてしまうのか。雑多な人たちが集まっては去ってゆく場所には固有の魅力がある。せっかくシカゴなのだからとおすすめのシカゴのビールをたずねて出してくれたビールは確かに美味しくて、二杯目を頼んだら確かに聞いたはずのそのビールの名前を忘れてしまった。 シカゴからニューヨークに向かう「レイク・ショア号」に乗車すると、車内はすでにどこか東海岸の匂いがした。 乗客の髪の色が全体的にシアトル発の列車よりも濃くなっているような気もするし、それともそれは乗客の話し方、車掌のアナウンスのせっかちな話し方のせいなのかもしれない。人が身につけているものやその身につけるやり方も、すべてがシカゴの前と後では違っていた。 … Continue reading "SEA-NYP"

yoshiさん


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