■都市のコード論:NYC編  vol.06
テーマ:HOTEL
レポート
2018.03.08
カルチャー|CULTURE

■都市のコード論:NYC編 vol.06
テーマ:HOTEL

在NYC17年の日本人ビジネスコンサルタント、Yoshiさんによるまち・ひと・ものとビジネスの考察を「都市のコード論:NYC編」と題し、不定期連載しています。

1年半ぶりの起稿。テーマは“HOTELと都市“です。日本でも異業種からの参入が増え、新しい展開をみせていますが、NYでは? データとともに解析します。


ニューヨーク市内で新しいホテルのオープンが相次いでいる。


2015年時点で市内には696件のホテル (107,000室) が営業していたとされているが、その後新規オープンが続き、2017年10月時点では、ホテル数はおよそ785件、 部屋数は115,000室に達したと考えられている。

ニューヨーク市のマーケティングを担うニューヨーク・シティ・アンド・カンパニーが2017年に発表したレポートによると、2017年末から2019年までに、おおよそ40-50件の新しいホテルのオープンがさらに予定されていて、27,000室が追加されることになり、その結果2019年末には900件近くのホテルが市内に存在することになる。

新しいホテルの業態はさまざまで、部屋数をみても14室のみの小規模なものから600室を超える大型のものまでそのバラエティは幅広く、ターゲットとする市場のセグメントもさまざまだ。とはいうものの、そこには共通する傾向もあり、そして新しい試みも散見される。

ということで、今回はNYマンハッタンのホテルの変化についてデータとともに解析してみることにした。



2015年以降オープンした (そして今後予定されている) ホテルの数を、ボロウ (区) ごとにみてみよう。

ニューヨーク市の中心であるマンハッタンでは、1年に20−30件のホテルが継続してオープンしていることがわかる。少し前に話題になったブルックリンも毎年5-10件ほどオープンしているもののすでにピークアウトしている。

一方、クイーンズでは2017年と2018年にそれぞれ10件前後、2019年には15件のホテルのオープンが予定されており、そのペースはブルックリンを上回っている。


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ボロウ別でなにより注目すべきことは、2017年からブロンクスにもホテルがオープンしていることだ

1980年代の犯罪のイメージから観光とは縁遠かったブロンクスが、いよいよ市内のホテル戦線に参入したことになる。確かに地下鉄に乗ればブロンクスからマンハッタンの中心部まで30分ほどで着くことができるし、近年はブロンクスの南端に位置するサウス・ブロンクスの開発も進んでいて、2017年に市内で家賃の大きな上昇率を示した地区の上位はブロンクスが占めていると報告されている。

ビジネスやエンターテイメントが圧倒的にマンハッタンに集中していた状態から、近年その重心は少しずつ隣接する他のボロウへと分散傾向にある。ブルックリンからクイーンズ、さらにはブロンクスへと、オープンするホテルのロケーションの移動は、人々の注目の移り変わりをも反映しているといえる。

ホテルの新規オープン (2015-2019年)を、マップにしたのが下のリンクである。
バブルの大きさはそれぞれのホテルの部屋数を示し、それぞれのホテル名と部屋数をインタラクティヴにみることができる。

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2017年11月に東京は錦糸町、大阪は本町にオープンしたマリオット・インターナショナルが20〜30代のミレニアル世代を対象とした家具や内装にこだわったデザイナーズホテルブランド「モクシー・ホテル」。ウエブサイトもポップで従来のホテルのイメージとは異なる。

マンハッタンをみてみると、伝統的に観光客とホテルが多いミッドタウンにひき続き新しいホテルが多くオープンしていることがわかる。

たとえば、マリオットが手がける、612室のモキシーNYCタイムズ・スクエア (http://moxy-hotels.marriott.com/en) が2017年にオープンした。

やはりミッドタウンのハドソン川近く、ハイラインの北端に位置するハドソン・ヤーズでは大規模な開発が進んでいる。最新のインフラを備えた大型オフィス・スペースが建設中で、完成と共に多くの企業がミッドタウンからハドソン・ヤーズへと移転することが予想されている。企業が移転する先にホテルができるのは当然なのだろう。ハドソン・ヤーズの隣には巨大なコンヴェンション・センターであるジャヴィッツ・センターもある。部屋数の多い大型ホテルが多いのもミッドタウンの特徴といえる。

マンハッタンの南端に近いファイナンシャル・ディストリクト (旧金融街) からバッテリー・パークにかけても新しいホテルが増えている。グラウンド・ゼロ1ワールド・トレード・センターが完成したことで、コンデナストやデイリー・ニュースなど、多くのメデイア企業がタイムズ・スクエアからダウンタウンへと移転している。そうしたビジネス向けの需要はもちろんのこと、ロウワー・マンハッタンはかつての金融街から比較的若年層の人たちが住む地区へと急速に変化している。伝統的な観光地のミッドタウンを敬遠してロウワー・マンハッタンに宿泊することを選ぶ観光客も増えているということなのだろう。


 
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ハドソンヤードの開発のようす(2018年1月撮影)


ブルックリン
はというと、ダウンタウンウィリアムズバーグからグリーンポイントにかけて、そしてクイーンズではロング・アイランド・シティのほかにジャマイカでもホテルがオープンしている。

ロング・アイランド・シティは、マンハッタンのミッドタウンまでイースト・リバーを超えてすぐの場所にあり、マンハッタンよりも手頃な宿泊料金に設定されている。さらには部屋から川の向こうにマンハッタンの眺めを楽しむことができる。マンハッタンに滞在していたら目にすることができない贅沢だ。JFK空港行きのエアトレインが発着するジャマイカは、空港と市街地との両方へのアクセスの良さからホテルができているようだ。

ホテル数が急速に増えていることから、ニューヨークのホテル需給は緩和すると予想されている。激化する競争に生き残るためのカギは、差別化にあるようだ。

ニューヨーク市シティ・プランニングのレポート
によると、市内のホテルの部屋数のおよそ38%は独立系のホテルだという。チェルシーにあるハイライン・ホテル (http://thehighlinehotel.com/)、ミッドタウンのルーズヴェルト・ホテ (http://www.theroosevelthotel.com/)ロジャー・スミ (https://www.rogersmith.com)、ブルックリンのウィリアムズバーグのウィリアム・ヴェイル (https://www.thewilliamvale.com/) などが独立系に相当する。

これらのホテルは全国展開する大手ブランドとは提携していない。戦略的な選択だ。

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市内に43,600室あるとされる独立系ホテルの部屋のうち、49%は広義のハイエンドに属し、エコノミーのセグメントに相当する部屋数はその28%にすぎない。独立系のホテルがハイエンドをターゲットとしていて、独立系
であること (大手ブランドの一部ではないこと) を高付加価値化に利用していることがわかる。実際に、大手を避けて、独立系のホテルでの宿泊を選ぶ人は増えている。


独立系のホテルは、マンハッタンではダウンタウンブルックリンの一部クイーンズのロング・アイランド・シティなどでオープンしている。典型的な観光地ではない場所の選定がその価値の欠かせない一部であり、ハイエンドのイメージとロケーションが分かちがたく結びついていることがわかる。ロケーションはそのブランドの一部といってもいい。

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トリップ・アドバイザーが買収した現地ツアーの予約ができるプラットフォーム「ヴィアター(www.viator.com)」。

興味深いのは、大手ブランドもニューヨークでは独立系のアプローチを模索していることだ。

テキサスを拠点とするあるデベロッパーは、通常マリオットやヒルトンと提携してホテルを展開するものの、ニューヨーク市内では大手ブランドと提携せずに運営している。

なかには大手ブランドの傘下であることを隠して、独立系にみせて運営する覆面独立系ホテルもあるという。そのため、市内のホテルを独立系と非独立系にホテルに分けることは容易ではない。少なくともニューヨークに関する限り、ハイエンド市場は、独立系としての独自性を提供することが条件となっているようだ。

同時にヒルトンマリオットも、別名を用いたソフト・ブランドのホテルをオープンし、より小規模で、標準化されていない部屋を提供しようとしている。

日本でも2018年の春に軽井沢にオープンする予定のキュリオ・コレクション・バイ・ヒルトン
(http://curiocollection3.hilton.com/en/index.html) や、タイムズ・スクエアとミッドタウンの2カ所にあるマリオットのオートグラフ・コレクション (https://autograph-hotels.marriott.com/) などがその例であり、既存のブランドとは距離を置く位置づけになっている。

ソフト・ブランドはブティック・ホテルとして運営しつつ、同時に大手ブランドの一部として、予約やリウォードのシステムにアクセスできる利点もある。

 
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2017年、マンハッタン31丁目にオープンしたライフ・ホテルは、かつて雑誌『ライフ・マガジン』の本社だった建物を改修したものだ。

ホスピタリティのビジネスにもテクノロジーとデータは欠かせない。
ニューヨークのホテルでは、自分でチェックインを済ませるところが増えているiPadに接続された端末を利用してチェックインする。わからなければ、必要に応じてスタッフが助けてくれる。テクノロジーの利用でコストを抑えるホテルは多い。


ホテル各社はゲストに関する大量の情報を有している。そのデータをもとに、それぞれのゲストにどんなサービスを提案するのかがビジネスを左右することから、ホテル・テクノロジーのスタートアップ企業の買収も活発になっている。

現地ツアーを予約するサイトのヴィアター (https://www.viator.com) を買収したことで、ホテルやレストランの予約サービスを提供するトリップ・アドバイザー (https://www.tripadvisor.com/) では、ホテル以外の売上が31%増加した。マリオットは、データに基づいて、それぞれのゲストが気に入りそうな体験を個別に提案している。


ローカルな体験を提案するホテルは多い。マリオットが最近買収したアロフト・ホテル (https://aloft-hotels.starwoodhotels.com/) は、ローカルのアーチストによる音楽の演奏をスポンサーしている。ホステル感覚のブティック・ホテルを謳うモキシーは、部屋は狭くそれ自体がニューヨークの経験だという。

こうした動向の背景には、ホテルの競合はairbnbだという認識がある。airbnbがマーケットする、これまでのような観光客ではないローカルとしての体験をとりこむべく、宿泊に付随するローカル性をホテルが重視し始めていることが、現地ツアーやアクティビティの予約サイトの買収を後押ししている。ホテル周りのビジネスをいかにして取り込むのかは、これからも大きな課題だ。

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アーチ状の構造を多く手がけた建築家、エーロ・サーリネンによって1962年にTWA航空のターミナル4をホテルに改修したTWAホテル。
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TWAホテルのHPより。独特のレトロモダンな内装はある層にとっては宿泊することが目的となりそう。


新しいホテルを見て回ることで気づくことのひとつは、かつてのように、入口を入ると目の前に巨大なレセプションが広がっているという光景を目にすることはないということだ。ハイエンドのホテルにその傾向が強く、大きなデスクの背後に何人ものスタッフが立って待ち構えているという光景は過去のものになりつつある。

自分でチェックインするためのiPadが並んでいる以外には、入口のフロアにはソファが並ぶくつろぐ場所があったり、レストランがあったりする。2017年にマンハッタンの31丁目にオープンしたライフ・ホテル (https://lifehotel.com/
) のように、入口を入ってもどこにレセプションがあるのかすぐにはわからない、むしろレセプションをできるだけ見せないようしているようにさえ思えるところもある。

ライフ・ホテルはかつての雑誌の『ライフ・マガジン』本社だった建物をホテルに改修している。商品をマーケットする際に、それにまつわる物語を付加する物語マーケティングが一般化しつつあるが、ライフ・ホテルは既にそこにあるライフ・マガジンのレガシーの周りにホテルというビジネスを構築したのが興味深いところだ。

他の場所で再現不可能なプロジェクトには、他にはない固有性がある。オーセンティックなトーンを前面に出している内装にもそれは見てとれる。新しいコンセプトやデザインを考えたところで、ひとたび注目されたらそれはすぐに模倣され、あっという間に世界中でコピーされる。模倣されることを避けるためには、他にないユニークな場所を開発するしかないということなのかもしれない。

他にはないホテルといえば、JFK空港内で工事が進んでいるTWAホテル (https://www.twahotel.com) は、かつてのTWA航空のターミナル4をホテルに改修するものだ。 エーロ・サーリネンの手によって1962年にオープンしたターミナルで、トランス・ワールド航空 (TWA) はもちろんもう存在しないが、
その歴史とアイコニックなターミナルを利用したホテルとして復活する。
 
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1980年代にブティック・ホテルのコンセプトを導入したイアン・シュレージャーが手がけるPUBLIC HOTEL。冒頭のソファーの部屋の写真もここ。日本だと結婚式の会場としてのニーズは必須だが、NYの場合はアートイベントや音楽イベントが開催できるようなスペースを設けるところが多いよう。(https://www.publichotels.com/)
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日本における近年のデザインホテル、ブティックホテルのトレンドは、2012年にブルックリンに暮らす3人のオーナーの手によって開業したこのWHYTHE HOTELが有名だ。1901年に建てられた、精糖所に納める木樽を製造する工場をリノベートしたインダストリアルな意匠は、その後の日本における“ブルックリン・ブーム”や“ポートランド・ブーム”を後押ししたが、そういった表面的なことに留まらず、小資本(インディペンデント)であることをはじめ、レストランのメニュー、バー、パブリックスペース、ジムなど、従来の都市のホテルユーザーとは異なる“新しいラグジュアリー”なライフスタイルを提案していた点こそが新しい(写真は2013年8月に撮影したもの)。
 
ホテル・ビジネスの競争の中心は、部屋よりも宿泊の周辺へと移動している。

昨今の宿泊客の半分はレストランでホテルを選ぶというデータもある。ライフ・ホテルのロビーはレストランをフィーチャーしていて、近所の人たちが立ち寄るような場所を目指しているという。同レストランは、レストラン起業家のステファン・ハンソンが所有・経営している。

ホテルの中のレストランの多くは第三者の業者が経営し、ホテルとのシナジーが欠けていることが多い。ライフ・ホテルではハンソン自身が同ホテルに投資をしており、レストランの売上の一定の率を家賃としてホテルに払う仕組みになっている。

一般的に、レストランをオープンした後、その周辺が人気の地区になったら、家賃が上がり今度は追い出されることになりかねない。不動産価格の高騰に終わりの見えないニューヨークでは頻繁に耳にする話だ。ビジネス面での新しい取り組みは、その防止策でもある。

2017年にロウワー・イースト・サイドにオープンしたパブリック (https://www.publichotels.com/) は、1980年代にブティック・ホテルのコンセプトを導入したイアン・シュレージャーが手がけるホテルだ。

その名が示す通り、誰もが立ち寄ることができるように、コワーキング・スペースパブリックの場所があり、仕事をしたり、打ち合わせをしたりしている人たちが多い。上層階にはフード・ホールバーがあり、地下にはコンサート・ホールもある。エンターテイメントは利益が出せるものの、ホテル産業にノウハウがない部分でもある。その開発の意図がある。

こうしてみると、新しいホテルにはいくつかの傾向がある。宿泊周りの体験をとりこむこと。他にない固有性を求めるところもある。そしてテクノロジーとデータがホテル産業の未来に欠かせないコアであることも間違いのだろう。

[取材・データ/文:Yoshi(在NY・コンサルタント)]

 

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ボーダー・コントロール
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ボーダー・コントロール

今年の3月にカナダは、COVID-19の症状がある乗客がカナダ行きの国際線フライトに搭乗することを禁止した。感染拡大を防ぐためにカナダは国境を閉じたと伝えられたが、必ずしも正確ではない。 カナダに向けて飛び立つ前に、出発地である他国の空港でカナダへの入国が拒否されるわけだから、カナダの国境がヒースロー空港や成田空港までやってきて、カナダから数千マイル離れた地点で国境を閉ざしたことになる。国境が国境を超えて、他国に飛び地として現れている。 国境もリモートといえば2020年的かもしれないが、実はそうでもない。ボーダー・コントロールが国外のハブ空港に移転し始めたのはかなり前のことで、パンデミックはそれを加速しただけなのだ。 チューリッヒからニューヨークのJFK空港まで飛んでみよう。米国の入国に必要な事前審査が、チューリッヒ空港のターミナル内搭乗ゲートでフライトの前に行われる。チューリッヒ空港内で、米国のエージェントが米国の入国に必要な書類を確認し、その審査をパスした乗客の搭乗券にはスタンプが押され、スタンプがない搭乗券を持つ乗客は米国行きのフライトに乗ることができない。そして8時間かけて大西洋を超えて着陸したJFK空港では、長い列に並び、再び入国審査が行われることになる。 欧州の南から米国に向かう場合には、チューリッヒは便利な経由ルートになる。この春には米国の入国規制が実施されたことによって、たとえばイスタンブールから米国に向けて飛び立ったものの、乗り継ぎのチューリッヒで米国への入国を拒否されたという人が少なくなかったという。 チューリッヒだけではなく、数百人のエージェントが世界各地の空港で、毎日米国行きの乗客の入国審査を行っている。こうした事前審査を導入しているのは豊かな国が多く、国境から遠く離れた出発前の時点で望ましくない者を阻止することができるほか、各地で審査の回数を増やすことによって、入国する可能性が低くなる利点がある。 ***** 今年の7月、オレゴン州ポートランドの路上で抗議活動を続ける人たちに対して、連邦政府がエージェントを送り込み、抗議者たちをヴァンに押し込み連行した。迷彩服に身を包んだエージェントは、国土安全保障省の国境警備部隊だったことが後に明らかになった。 米国内には、憲法で定められた権利が部分的に保留または限定される地帯が存在する。カナダおよびメキシコとの国境、そして米国の東西の海岸線から成る「外部境界」から100マイル(160キロ)以内の地帯は「憲法が適用されない地帯」としても知られる。その圏内では国境警備部隊が通常よりも大きな権限を与えられることになり、高速道路や路上で誰でも人を止めて尋問し、逮捕し、勾留することができる。 100マイルと言えばずいぶんな距離になる。その100マイル圏内には人口密度が高い都市が多く存在し、米国に住む人の3分の2がそこに含まれることになる。不法滞在の移民が多いニューヨーク州やフロリダ州は、州全体がこの100マイル圏内に収まる。米国内の滞在に必要な正式書類を所持していない不法滞在の移民については、米国領土内にありながら国境圏とみなすことで、空港の入国審査で入国を拒否するのと同じように、米国内にいる誰に対しても憲法が保障する基本的な権利や保護を主張することを許さず、直ちに国外退去させることが可能になる。国境は国境を離れ、国内にも追いかけてくる。 国境が自ら折り返すように内陸に向かって100マイル滲み出し、米国に暮らす人の大半を曖昧な国境帯が侵食する。このポータブルな国境圏の影響を受けるのは移民だけではないことを、最近米国市民も知ることになった。2001年の同時多発テロを契機として、国境を警備することを任務としていた特殊部隊は対テロをミッションとする国家安全保障を担う部隊に加わっている。国境警備部隊が展開したポートランドでのオペレーションは、抗議活動をテロとみなしたものだ。都合のいいことに、ポートランドは太平洋の海岸部から約80マイルの地点にある。 国境は地図上に描かれた固定した実線であることをやめて、ポップアップ宜しく世界のあちこちに現れ、そして国内にも走る。どこでも国境になりうるのだ。国境を目で見ることが難しくなった。とはいってもコントロールの手が緩められたわけではない。コントロールを強化するために、領土と規制の結びつきを解いているのだ。 国境のありようが変容していることを指摘して、法学者のアヤレット・シェイカーは、人の移動を理解するには、人の移動よりも、国境の移動に注目する必要があることを主張する。壁は国境を意味しない。だからこそ世界のあちこちで壁が立ち上がっているのかもしれない。 ***** ルクセンブルクのフィンデル空港には、世界中からアート作品が運ばれてきては、滑走路から導かれる専用道路を経て倉庫へと向かう。空港内には四階建ての建物に22千平米の保管場所があり、美術品のほか、ヴィンテージのワイン、貴金属、ジュエリー、クラッシック・カーが保管されている。行き届いたセキュリティと厳密な守秘体制に加え、貴重品の保管に最適な条件を維持するために、倉庫内の気温は常時21℃、湿度は55%に保たれている。 空港内のフリーポートに保管されたモノは、技術的にはトランジットとみなされることで、通関や税金が保留になる。上屋(うわや)など保税地区に指定された場所は大昔から世界各地にあり珍しくない。このフリーポートの特徴は、空港内の特定の場所にあるモノが、「永続的にトランジット」の状態にあるとされている点にある。 フリーポート内は「関税やその他の税金の一時的な免除が無期限に」適用される。そこに眠る多くの免税品は、フリーポートを離れた時に、それが向かった目的地で課税されることになるものの、その時までには持ち手が変わっているだろう。フリーポート内にはギャラリーが併設されていて売買をサポートするが、所有者が変わってもモノは動く必要はない。動くとしても、せいぜい同じフリーポート内で、売り手の保管場所から買い手の保管場所へと移動する程度だ。 今日のフリーポートの起源とされるジュネーヴのフリーポートにはゴッホやクリムトの作品が眠っているといわれ、2010年にはシンガポールに新しいフリーポートがオープンし、いまでは北京にもモナコにも、米国デラウェア州にも存在する。2018年にはマンハッタンにもオープンしたが、今年の9月に閉鎖が発表された。 同じ空港内に異なる法域が走るところに、フリーポートは成り立っている。高価な資産が国と国の間に宙吊りになり、どの国にも属さない状態で保管されているとすれば、本来ならばそれを取り締まるはずのところを、あたかも失敗国家のように、自らの領土内におけるコントロールを失うところにそれは姿を現す。オフショアの金融センターをオンショアに内面化した飛び地のようでもある。 ***** 領土と主権の領域がぴったりと重なっていれば、コントロールを行うのは国境上ということになるが、国境は世界各地に拡散していて、時には領土内のコントロールの一部が自発的に失われようともしている。グローバル化の全盛期には、国家はその力を失い無意味になったとボーダーレス・ワールドが謳われたりもしたが、グローバル化の宴から目覚めてみると、増殖した国境の亜種があちこちを取り囲んでいた。 アーキテクトのケラー・イースターリングは、複数の法域が重複するフリーポートを「超国家的国政術 (extrastatecraft)」と呼んでいる。フリーポートは部分的に国家の法域を超え、その意味では確かに超国家的ではあるものの、同時にそれは、ホスト国として利益に与るパートナーシップをとり結ぶ国政術でもある。 ルクセンブルク政府自身の言葉によれば、空港内のトランジットは「アセット・マネジメントの戦略的ロケーション」というわけだから、戦略的にコントロールするためには、戦略的にコントロールを失うことが必要なのだ。そしてイースターリングに言わせれば、フリーポートのような自由圏こそが今日の都市を生成している。 今日の都市をつくっているのは古今東西の都市を知り尽くしたプランナーの彗眼でもアーキテクトの意匠でもない。自由貿易圏やISO規格といったソフトウェアがグローバル・アーバニズムを生成している。ソフトウェアがその上に書かれるコンテンツを規定するように、自由圏から立ち上がる世界都市は深圳やドバイを反復する。都市や国家が自由圏を招き入れるばかりか、表と裏が反転するように、自由圏が都市になる。 そうしたソフトウェアは、新興都市だけではなく、伝統的な都市をも上書きしようとしている。EU離脱を間近に控えている英国は、国内の空港、港、駅など10ヵ所にフリーポートの開設を提案している。外国人投資家に国内への投資と引き換えに居住権を与えるゴールデン・ビザの導入によって、外国人によるアテネの不動産取得ラッシュはおさまる兆しがない。取得したアパートは割高で貸せる観光客向けに改装し、パルテノン神殿の周囲には旧来の観光地とも異なるグローバルな飛び地がそこここに立ち上がり、アテネのランドスケープを内部から蝕みつつある。 ***** フリーポートを裏書きする恣意性を問題視する人は少なくない。だが領土とコントロールの蜜月が終わり、その綻びに口を開く飛び地のゾーンに可能性を見ることもできる。 保管された作品の量を考えると、フリーポートは世界でも最も重要なアートの場所と考えられる。スペクタクルを競うビエンナーレやスターアーキテクトの手によるミュージアムが国を賞揚する表の顔だとすれば、法域が後退する深淵に死蔵する作品群はダーク・ウェブのような隠されたミュージアムとでも言える。仮に作品が国外に移動するにしても人の目に触れることはなく、ダーク・ウェブがそうであるようにその足取りを残しはしない。 ヒト・シュタイエルはそこにパブリック・ミュージアムの新たな形態を探ろうとする。「デューティ・フリー・アート」は、文化や国民を表象するルーヴルのような従来のナショナル・ミュージアムとは異なるモデルを提起する。 国民をつくるにはミュージアムが必要だというが、今日ミュージアムをつくるのに国民はいらない。2014年に避難シェルターとして難民を収容したことで、その国民ではなく、国の瓦解を逃れた人たちを表象することになったトルコのディヤルバクルのミュージアムと同じように、フリーポートも国を失ったモノを収容する。国や文化を表象する責務はないのだ。 フリーポートに眠る作品にも責務 (duty) はある。資産であるという責務だ。責務から解放された (duty-free) わけではなく、税金がない (tax-free) だけなのだ。他方デューティ・フリー・アートには価値を体現する任務もなく、作家や所有者からさえ切り離された固有の自律性を獲得しうる。 ゾーンの裂け目をよりおし広げてみることで、国民国家モデルの向こうへととび超えることはできないだろうか。実際フリーポートの起源とされるスイスときたら、治外法権の飛び地ばかりの倒錯ぶり。スイス・チーズにもう少し穴を増やせば図と地は反転しようというものだ。 ***** バイオメトリクスのデータ蓄積が進み、私たちひとりひとりの身体がポータブルな国境になり、個人化した国境を持ち歩くことさえそれほど遠い未来の話ではなくなりそうだ。他国でのプリクリアランスは着々と各国に広がっているし、米国移民法 212(a)(6)(A) の導入など、国境と法域は頻繁にヴァージョンアップを続けている。ソフトウェアがアップデートしているなら、アプリケーションをヴァージョンアップする必要がある。 あちこちで国境が曖昧になっていることが告げているのは、ボーダー・コントロールが「ボーダーにおけるコントロール」を意味するのではなく、「ボーダーそのもののコントロール(マニピュレーション)」になっているということだ。 いくつものボーダーと飛び地が交錯し、領土に関係なく気がつけばボーダーの外にいることになり、同じ場所でもある人たちにはヴァーチュアルな超国家であってみたりと、ボーダーは同じ国民の間を分けて走ることになるのだろう。グローバルでもナショナルでもなく、フィジカルかヴァーチュアルかでもない、この曖昧なボーダーをどのように歩くことができるだろう。

FAFSPさん


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