ロンドンコミュニティ考察日記 Vol.2 制作途中の作品オンリーの上映会「This Is Not A Screening!」
レポート
2026.04.16
カルチャー|CULTURE

ロンドンコミュニティ考察日記 Vol.2 制作途中の作品オンリーの上映会「This Is Not A Screening!」

老舗映画館の地下で始まった制作途中の作品オンリーの上映会で映像クリエイターが繋がる

クリエイティブ産業のハブ都市のひとつであるロンドン。多くの人が世界中から機会を求めてやってくるが、TVや映画産業も例外ではない。そんなロンドンで最近、インディペンデントに活動し機会を探すアーティストの作品について、観客と率直な会話を紡ぐ映画コミュニティが盛り上がっている。

どんな上映会なのか?

2025年6月に始まった「制作途中の作品のみ」を上映する月1回のポップアップイベント「This Is Not A Screening!(ディス・イズ・ノット・ア・スクリーニング!、以下TINAS)」。ここでは事前にオーガナイザーが作品を先着順で募集し、当日各アーティストが一定の持ち時間内で、作品の上映とその作品の印象やアドバイスを観客から得るディスカッションが行われる。映画祭などのコンペとは異なり、作品の審査やアイデアピッチは行わない。純粋な意見交換、制作のための手がかりを得る場所として、アーティストや映画好きの人が集まるコミュニティだ。
 
開催場所は、東ロンドン、Dalston(ダルストン)に位置する独立系映画館「Rio Cinema(リオ・シネマ)」の地下にあるワークショップルーム。1回のイベントでアーティストと観客含め30人ほどが集まる。上映作品は媒体が映像であればなんでもいい。過去には、ホラー映画、ドキュメンタリー、実験映画、ミュージックビデオ、ビジュアルアートなど様々なジャンル、長さも1分のものから長編映画まで多様な映像作品が集まった。アーティストは必ずしも映画監督だけとは限らず、会社員や俳優、詩人、学生など様々なバックグラウンドを持つ人々が集まるのも特徴だ。
 
ファウンダー兼共同主催者の1人、映像作家のYusuf Emre Yalçın(ユスフ・エムレ・ヤルチン)さんに話を聞いた。
ファウンダー兼共同主催者の1人、映像作家のYusuf Emre Yalçın(ユスフ・エムレ・ヤルチン)さんのオフィスにて。

イベントのきっかけは?

きっかけは、ユスフさん自身の映画制作の工程にあったという。孤独で長い映画制作の過程では、何度も映像を見返していると何が正解が分からなくなるときがあるそうだ。方向性を見失いそうになったときには誰かの意見が欲しくなるもの。
 
ユスフさん:「わたしは自分の映画を作るとき、いつも信頼している4~5人に映画のクリップを送ってフィードバックをもらいます。それでもいつも思い通りにはいきません。友人が自分の作品を見てくれる時間があるかどうか分からないし、それを強制することもできない。感想も優しさで良いことしか言ってくれないときもある。それに多くの場合、友人は自分と似た思考を持っているので、意外な視点から建設的なアドバイスが欲しいときは赤の他人の方が良かったりします。でもロンドンのような大都市で、友達以上の広いコミュニティを作るのは簡単なことではありません。自分がそういうコミュニティを欲していて何ができるか考えた結果、映画版のオープンマイクがないことに気付き、作ることにしました。」
 
※オープンマイク:誰もが飛び入りで参加でき、観客の前で歌やお笑い、楽器演奏/DJなどを披露できるイベントのこと。日本では馴染みの薄いコンセプトだが、欧米ではパブやカフェなどで一般的に行われている。
老舗映画館「リオ・シネマ」の地下、オルタナティブスペースで行われている。
東ロンドンに位置するダルストンにあるリオ・シネマ。移民が多く様々な言語が飛び交い活気のある通りに位置する。ヒップな店が増え、若者を中心に再注目されている街。

「制作途中の作品のみ」限定にした理由

ユスフさん:「完成作品に対しては公開する場所がもうすでに山ほどあります。映画祭に申し込めるし、最近ではYouTubeで公開するのも一般的ですよね。それに完成したものに関してはTINASはいらないんですよ。もう何も変えようがないから。でも、制作段階にいいアドバイスや新しい視点をもらえれば、今まで自分が見過ごしていた部分や気づかなかったことを磨くことができるし、当初のアイデアに固執せず方向性を変える気持ちを後押ししてくれる。
 
『This is Not A Screening!』というイベント名は、『わたしたちは商業的な上映会ではない』という意思表示です。商業的な上映会では映画を見ること自体が目的になり、Q&Aがあったとしても観客は消極的な参加しかできません。でもTINASは観客に対してディスカッションに参加し、コミュニティの一部に貢献するという積極性を求めています。だから完成作品の上映はしません。」
 
満席の会場、集まった映像クリエイターたちの真剣な面持ち。誰でも参加可能だが上映には公式サイトより事前の予約が必要。

TINASが目指すのは、誰もに開かれたオルタナティブなクリエイティブコミュニティ

 
制作で迷ったとき、自分の作品について相談できる場所自体はあるという。例えば、映画祭主催のワークショップでは1週間プロから直接アドバイスをもらえるセッションがあり、ユスフさんも2年前に参加したそうだ。
 
また、スポンサーを見つけるためのワークショップもあり、プロたちの前でピッチをして賞に選ばれると、映画制作の面倒を見てくれる場合もある。賞金という形での支援、音響や共同プロデュースなど、スポンサーの形式はバラバラだ。
 
ユスフさん:「自分の映画が完成したあと、その当時のメンターやセールスエージェントに映画祭と繋げてもらえないかお願いしたり、コネクションという意味ではワークショップに出るだけでも意味があります。ベルリン映画祭など著名なものになってくると、何かしらのプッシュがないと大量の応募数に紛れてしまい、映画すら見てもらえませんから。
 
でもそのワークショップの参加自体、競争が激しいんですよ。わたしもたくさん応募しましたが、400~500の応募があって選出されるのはたったの7~8作品とか。たとえ運よくワークショップに参加できても、プロのアドバイスや新たなアーティストたちとの交流は、長い映画制作のプロセスにおいて一瞬の出来事。そこに確立したコミュニティはありません。
 
こうした映画祭などが主催する商業的なワークショップも大事なイベントです。特にインディペンデントな映像作家の場合、財政的な支援や協賛が不可欠なので無視できない。でも大きなゲートキーピング(※多大な制約があり狭き門)があるので、わたしはみんなが参加できるオルタナティブな場所を作りたかったんです。
 
競争を突破するには常に自分をアピールしないと、磨き続けないとというプレッシャーがかかるのでかなり疲れます。自分が頑張って育ててきた大切な作品が落選したりすると、まるで自分の才能までもが否定された気分になることも。TINASは勝ち抜かなければいけない競争から一旦離れて、同じように頑張る同志に出会って励まし合い、また勝ち抜くためのエネルギーを得られるようなコミュニティを目指しています。」
 

ロンドンという街において渇望されるコミュニティの存在

ユスフさん:「ロンドンには映像作家がたくさん集まりますが、みんな生活することに必死なので、自分から で働きかけて仲間を作るのが難しい。だからTINASにはニーズがありました。それにロンドンには人々がちゃんとイベントに足を運ぶ文化があります。詩の朗読や音楽のためのオープンマイクというスタイルが根付いている理由です。みんな新しいイベントを開拓するのが大好きだからこそTINASにも最初から人が集まったんだと思います。」
 
一方、TINAS共同主催者でビデオエディターのShaun Best(ショーン・ベスト)さんは「アメリカは巨大な国なのでTVや映画産業の仕事の機会が多いが、イギリスはそこまで多くなく、クリエイティブに関わりたい人の参入ハードルが高いのが問題」と市場競争の激しさを指摘する。
 
会場の参加者にも感想を聞いた。
映画制作プロダクション勤務で、『Mission: Impossible(ミッション・イン・ポッシブル)』などの制作に携わったことがあるという人は、「ひとりぼっちで向き合っていた編集中の作品のどこにみんなが反応するのか、しないのかを確かめたかった。制作途中ならではの不完全さを大切にしてくれる場所は、ロンドンの映画界隈の中でも珍しく、特別な場所だと思う。映画に熱心な人と映画を通じて繋がれることを思い出させてくれた」と感想を寄せた。
 
同じく初参加で自分の作品を上映した人は、「自分の作品を見せることは緊張するけれど、先着順で選考なしという平等さがハードルを下げている」とTINASのスタンスに賛同。「みんな同じように悩みながら制作していることを認識して自分が1人じゃないと思えたし、ここにコミュニティがあるという感覚が励みになった」と話した。
 
また、観客として参加した人は「この場にいるみんなが、どうしたらその映画が良くなるのかのみを考えていて、そこには成功や勝敗といった利害はない、コミュニティとしての純粋な連帯があったのがよかった」と、ディスカッションの雰囲気を振り返った。
 
今回が2回目の参加という3D(VFX)デザイナーのカップルは、「最初に来たとき、アーティストが迷いや疑問を抱えながら作品に向き合っている姿に刺激を受けて、自分も個人的なプロジェクトを続けていく自信がもらえた。それに全然嗜好が違うクリエイティブな人たちに会うのが好きなのでまた来たいと思った。今回は前回とは違ってもっと抽象的でシュールな作品が多く、TINASは上映作品を選ばないので毎回どんな作品が見られるのか全く予想できない意外性もいい」と上映会としてのユニークな魅力にも触れた。
 
会場を提供するリオ・シネマは、1909年から続くイギリスで最も古い映画館のひと 1つと言われ、現在は地元の人のための非営利のコミュニティ映画館として機能している。LGBTQIA+コミュニティのハブでもあり、クイア映画のセレクションが豊富だ。ローカルコミュニティ支援の一環で、地下のワークショップルームを様々な団体やイベントに提供しており、TINASも無償で使うことができている。
 
リオ・シネマのエグゼキュティブディレクターRosie Greatorex(ロージー・グレートレックス)さんは、「ロンドンの映画カルチャーはとても豊かで実に多様だ。個人的にはもっと女性、クイア、世界中の映像作家、労働者階級の人たちによる作品があった方がいいと思っている。当館ではインクルーシブ(包括性)を意識しており、TINASが実践している映画産業にアクセスできていない映像作家の支援もそのひと 1つ。 地域のクリエイティブコミュニティとして活動し、低予算で活動する本団体をできるだけ支えていきたい」と映画や制作側の多様性の重要さを強調した。
和やかなムードで進むフィードバックの時間。

コミュニティとしての成長

イベントの認知は、主にインスタグラムの広告で広げている。プロジェクト開始当初は知り合いの映像作家や友人に直接告知の連絡をしたり、フライヤーをカフェや映画館に置いたりもしていたが、今はインスタグラムや口コミで来る人が大半だ。また最近ではメルマガ配信も始めたという。
 
ユスフさん:「コミュニティが広がっている感じはありますが、規模は今ぐらいがちょうど良い気がします。20~30人ぐらいがリラックスした環境で誠実なフィードバックを言い合えるからです。誰かのリビングで会話に参加しているみたいな気楽さがいい。これが100人規模になると映画館のトークショーのような一方通行のQ&Aセッションになってしまう。自然発生的な会話を目指すためには今の規模感をキープしていきたいです。」
 
制作途中の作品はとてもデリケートで、それを公開しているアーティストも傷つきやすいポジションにいるからこそ、作品をシェアする環境は、決して偏見や批判があってはいけないというハウスルールがある。デリケートさゆえ、イベントを録画してオンライン上にアーカイブすることも絶対にしない、その場にいる人たちの間だけで安全な空間で留めることがマストだという。
 
毎回始める前にルールを説明し、参加者と安心できる環境づくりのための共通認識を擦り合わせるようにしていて、主催は自分たちの好き嫌いは封印し、アーティストの疑問に答えるような形でアドバイスをするよう努めているという。基本的には参加者同士でのディスカッションを推奨するため、主催はあくまでモデレーターで積極的には発言しない。参加者にもここは審査の場ではなく、お互いを支え合うためにここにいるという認識を持ってもらうことを大切にしている。
 
2025年12月には「London Migration Film Festival(ロンドン移民映画祭)」とコラボレーションするなど、発足から約半年で急成長したTINAS。今後の目標は、TINASの参加作品がついに完成した暁に、観客に披露するためのミニ映画祭を開催することだそう。また、他の都市や国での開催も検討しているという。
共同主催者でビデオクリエイターのショーン・ベストさんと。

ー取材を終えてー

映像作家本人の前で見た作品について感想を述べるって、少しハードルが高いように思うかもしれない。しかしTINASにはアットホームな空気が流れていて、どんなことを言っても受け止めてくれそうな雰囲気があった。その空気感こそが映像作家たちが求めている率直な意見を生み出すことに繋がる。専門的な話よりも単純に「この部分好きだよ!」「もっと他のシリーズも観たい」「ちょっとこのシーンが長すぎるかも」という単純な感想でも良いのが、筆者のような映画素人にも安心だった。イベント開始前はちょっと怖い顔をして座っている人も、終わった後には、初めて会った他の参加者たちと熱心にディスカッションの続きをしていて、みんなを受け入れるTINASの環境が、新たな会話を生むきっかけとなっているようだ。
 
1909年から続くという老舗映画館。レトロフューチャーなフォントの看板と上映内容が変わるごとに手動で取り替えるアナログな文字盤が残っている。
館内のバーコーナー。さすがイギリス、パブさながらの充実したラインナップでドラフトビールも4種常設。
 【取材・文・撮影:長谷部千佳、編集:中矢あゆみ・須賀麻結(『ACROSS』編集室)】


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