Across the Book Review Vol.02

Across the Book Review Vol.02

2007.08.29
その他|OTHERS

「今」しか知らない若者たちのための読書案内。
続々リリースされる新刊本をきっかけに、時間や空間を超えて(=Across)
読みたくなった本や思い出した本をピックアップし、紹介する「つながり読書」企画です。

取りあげて欲しい書籍がある方はぜひご一報ください。もちろん、出版社の方からの売り込みも歓迎。新旧問わず、ぜひ新しい世代に読んでもらいたい書籍を伝えましょう!

Vol. 02:福田里香『まんがキッチン』(アスペクト)

「フード」と少女まんがの関係性

 福田里香さんといえば、お菓子専門の料理研究家、しかもおしゃれでガーリーで、絵本とかもコラボで作っちゃうハイセンスな方、というイメージだけは持っていた。それが、実は『スイーツ オノマトペ』なんていう本まで出している、弩級のまんが好きだったとは! 本書で初めて知り、かつなんでもっと早くに知らなかったのか、煩悶している。実に驚かされた。弩級に面白い漫画評論である。
 
 本書は、『ハチミツとクローバー』『ベルサイユのばら』『トーマの心臓 』等数々の名作少女まんがについて、フード(食べものを、福田さんはこう表現する)から作品を論じるとともに、それぞれのまんがをイメージした創作お菓子のレシピを紹介する、という構成になっている。さらに、作者を招いて自作を語る対談が挟み込まれているのだがそのゲストが……萩尾望都、くらもちふさこ、羽海野チカ、よしながふみ。という豪華さにもびっくり。というかこの顔ぶれで、著者の「フードまんが」への思いが察せられるというものである。

 福田さんが『まんがキッチン』で語っているのは、「主題が料理に無関係なまんが」ではあるが、「フードの周辺を描くことで、登場人物の性格や感情を精密に表現」している作品である。例えば、
『ハチミツとクローバー』は、「切ないシーンにコンビニの袋を下げて歩いていたとして、その中に入っている物までちゃんと見えてくる」
『はみだしっ子』では「心に抱える秘密が大きくなるのに比例して、頻繁に煙草と酒を手にするようになるのは圧巻」、
岡崎京子の『くちびるから散弾銃』は、「これまで料理まんがに分類する人はいなかったが、この分野で評価されるべき。人生はお茶とお茶の間に存在するのか?それともお茶の時間こそが人生なのか?」、
「セックスを描かなくても、ふたりの深い結びつきをごく自然な形で読者に納得させる」のは、「相手のために料理を作ることで、お互いにそれを食べ合うことで、それを何回も繰り返し描くことで」という『のだめカンタービレ』評等々。

食べもの=関係性という、言われてみれば自明のことだけれど、それを少女まんがから系統立てて抽出している。深く、新しい視点が鮮やかだ。例えば文学論などでも、家族、建築、など何かひとつのテーマでセレクトし評する、というのは結構好きなタイプの本なのだが、この本は、「少女まんが」×「食べもの」。最強である。


一方、まんが家本人は意外と無意識で、あるいは別の理由から食べ物を描いている、というのが、対談で語られていて面白い。

「福田さんに人間をミステリアスに見せたいなら食べさせなきゃいいって言われて、「(『西洋骨董洋菓子店』の)小野は食べてないだろう」って言われるまで私は気がつかなかったんです。確かにみんなはおいしそうに食べてるのに小野だけ食べてない」(よしながふみ)、
「食べさせるシーンが如何に大切かってことは(略)、描く前はわからなくて、描き終わって初めてわかることができるんです。計算のできるものじゃないんです」(くらもちふさこ)、
「当時の担当編集者に、あなたのまんがには生活感が足りないって言われたことがあったんですよ。(略)それで「とりあえず何か食べさせようか」と思って(笑)」(萩尾望都)
と、とても率直な話を引き出しているように思えるのは、とにかくまんがが好きで読み続け、知識も洞察力も半端ではない著者の力量によるものだろう。

著者のまんがへのただならぬ愛情は、本のいたるところにあふれている。本編の評論+レシピの見開きには、左ページ隅と、ページ下の部分両方に、はみだしコラムが。まんがにはつきものの「おまけ」を意識してだろうが、何も両方なくても! 書きたいことが尽きないのでしょう。また、巻末には「わたしのまんがクロニクル」。個人史としてのまんが年表だ。これによると1970年代、少女時代に「花の24年組」(萩尾望都、大島弓子、山岸涼子など)や乙女まんが(田淵由美子、陸奥A子など)をリアルタイムで読み、成人してからは、レディースコミックや青年誌から秀作が多く輩出された時代を過ごした、まんが的に幸せな体験をした世代であり、その結果本書がうまれたこともよくわかる。

と、幸せに締めくくりたいのはやまやまだが、最後にこの本の残念さを。本書はB5判ほどの大判本でオールカラー、100ページ弱と、いわゆるレシピ本の装丁なのである。帯のコピーは「少女まんがから生まれたスイーツ☆レシピ」。置いてあるのは当然料理本のコーナーだ。

違うのでは! これは人文書にしたほうがいいのではないだろうか。こんな充実した評論はよみものとして、まんが好きに届けるべき。表紙のかわいさ(羽海野チカの絵)と、「スイーツ☆レシピ」にひかれて買う人は、めんくらうと思う(『のだめ』のお菓子が、「ぎゃ棒」ですよ)。もちろんお菓子が本業だし、少女まんがならではのかわいさもぜんぶひっくるめて、と作られた本なのだろうが、それは大抵もったいないことになる、とはがゆい思いが止まらないが、まんが読み諸氏にレシピコーナーから運よく見つけ出されることを祈るばかりである。

[神谷巻尾(フリーエディター)]


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