ロンドンコミュニティ考察日記 Vol.1 雑誌『Worms(ワームス)』が活性化させる文芸コミュニティ
レポート
2026.01.09
カルチャー|CULTURE

ロンドンコミュニティ考察日記 Vol.1 雑誌『Worms(ワームス)』が活性化させる文芸コミュニティ

セントラル・セント・マーチンズ卒のファウンダーが手掛ける文芸スタイル雑誌

もっとみんなに読んでほしい!
ファッション界で過小評価された「書くこと」に、DIYなやり方でスポットを当てる

最近ファッション・アート界隈で本への熱が高まっている。2022年には歌手のDua Lipaが本に関するニュースレター「Service 95」をローンチし、今やポッドキャスト、イベントにまで発展。2025年3月にはMiu Miu(ミュウミュウ)が文芸クラブを設立し、詩や散文のライブパフォーマンスを開催した。#BookTokというハッシュタグで繋がるオンラインコミュニティも世界各地で形成されている。
 
その中でも最近ロンドンのアートブック書店でよく見かける雑誌が『Worms(ワームス)』だ。『Worms』は「実験的でインディペンデントな作家たちの声を広めること」を掲げるロンドン発の文芸スタイル雑誌であり、出版社でもある。年2回の雑誌発行の他に、書籍の出版やライティングワークショップを手がけ、ポッドキャストの配信や、アートギャラリーでのブッククラブを月1回ペースで行うなど活動的だ。
 
『Worms』という名前は、Bookworm(本の虫)に由来。確かに雑誌やウェブサイトでは所々にイモムシのイラストが。さらにWormsの文章に散りばめられた、Compost(堆肥)、Fertilisers(肥料)、Topsoil(表土)、Wormhole(虫食い)といった意図的な言葉遊びも世界観を形作る。
 
イギリスのファッション名門校「Central Saint Martins(セントラル・セント・マーチンズ、以下セントマ)」の学生だったClem MacLeod(クレム・マクリオド)さんが2019年に卒業制作として作った雑誌が始まりで、現在は法人化。
 
雑誌やグッズのポップなデザインの効果もあり、『DAZED(デイズド)』、『The FACE(ザ・フェイス)』といったファッション雑誌で多数取り上げられるなど、ファッション界でも人気が高まっている。
 
なぜ芸術大学の学生が文芸についての雑誌を作り、ファッションと文芸の繋がりについてどう考えているのかファウンダーのクレムさんに話を聞いてみた。
ファウンダーのクレム・マクリオドさん。ロンドンにあるワームスのオフィスにて。

書くことはファッションやアートの世界ではすごく過小評価されている

ーー『Worms』の成り立ちを教えてください。
 
わたしがセントマの学生だったときに、卒業制作として作った雑誌からスタートしました。ファッションジャーナリズム専攻だったので、卒制のテーマはファッション雑誌を作ることだったのに、普通のファッション誌を作ることには興味が湧かず...。元々読書が大好きだったこともあり、それならばファッションデザイナーたちに影響を受けた本について聞くインタビュー雑誌を作ろうと思ったのが始まりです。今でこそミュウミュウやKim Jones(キム・ジョーンズ)が本から発想を得たコレクションを発表していてファッションとの繋がりがあるものの、2019年当時はまだデザイナーたちが本を取り上げることは一般的ではありませんでした。
 
そこで代わりに作家(ライター)についての雑誌を作ることにしたんです。書くことは解放的であり効果的な自己表現の手段であるのに、ファッションやアートの世界ではすごく過小評価されている気がして。もっとスポットライトを当てるべきです。大学に入ったときから、洋服そのものについて書くのではなく、洋服を通して見える人のスタイルやアイデンティティについて書くことに興味がありました。だから、作家についての雑誌を作るならば、作家たちの生き方、何に動かされて書くのかという彼らのストーリーを引き出したかった。
 
当時アメリカのNYでは、文芸コミュニティ「Hard to Read(ハード・トゥ・リード)」を主催するFiona Alison Duncan(フィオナ・アリソン・ダンカン)のような若手のファッションライターたちが本を書いて、イベントで読みあったりして、ニューヨークのクールなキッズたちが集まるコミュニティに発展しているというトレンドがありました。それをロンドンでも始めたくて、彼らのインタビューを中心にした雑誌ーーそれが『Worms』 #1です。執筆も編集も全て自分で行いました。
 
 #1を出したところ、本の代理店から問い合わせがあるなど少し注目を浴びました。その後コロナ禍の2020年3月にニュースレターを開始。自分が読んだ本のレビュー、作家についてのドキュメンタリー映画やインタビュー動画の紹介など、文字通り自分の頭の中にあるものを人々のメールボックスに注入する感じです。コロナ渦にみんなの読書機会も増えたタイミングで、このニュースレターが好評だったことから本格的に『Worms』を始動しました。
 
ーー掲げているテーマ「amplifying the voices of writers marginalised within the literary world(文芸界で周縁化されている作家の声を拾い上げる)」というのは、具体的にはどういうことですか?
 
読書は共感力を生み、自分の知らない世界や人々の多様さを理解する助けになります。それなのに有名作家のほとんどが白人男性で占められている。わたしたちは見過ごされてきた人たちの物語にこそ触れ寄り添うべきなのに…。以前から、特権的立場ではない人の物語に目が向けられていないという怒りを感じていたこともあり、#1で取り上げた人は全員女性でした。意識して選んだわけではないけれど、当時の大学のチューターがそれを見て、「メッセージ性がある」と背中を押してくれたので、『Worms』のテーマを女性とノンバイナリーに特化した文芸雑誌に定めたんです。
 
ただ活動しているうちに、わたしは作家として芽が出ず苦労している人たちと会うことが増えていきました。でもその人たちは、わたしたちが定めていたカテゴリーに当てはまらなかった。そこで「女性とノンバイナリー」と限定していたこと自体が、結局は排外的だと気づいたんです。これまでのいわゆる文芸の正典(カノン)がやってきた、白人男性以外は認めないことと同じような感じがして。わたしは誰かを排除することはしたくなかった。簡単に本を出版できるような人には、わたしたちのプラットフォームはいりません。とはいえ、今も取り上げる作家の多くは女性とノンバイナリーの人たちなんです。それは多分「声を発信しづらいのはどんな人たちなのか」という“現実”が反映されているんだと思います。
オフィスにはこれまでの出版物が並ぶ。
90年代のZINEなどに影響を受けたデザインが目を惹く。

難しくてちょっと怖さすらある文芸を、誰でも楽しめるようなものにするために

ーー雑誌発行以外の活動について教えてください。
 
『Worms』 #2の表紙をお願いしたセックスワーカーのTilly Lawless(ティリー・ロウレス)さんの著書を皮切りに、アーティストRhea Dillon(リー・ディロン)さんがサーペンタインギャラリーでの公演をまとめた書籍や、以前「ドーヴァーストリートマーケット ロンドン」の「ローズベーカリー」で働いていたシェフMafruha Ahmed(マフルハ・アハメド)さんによる料理本なども出版しました。今まで出版について何も知らなかったので、ティリーさんの著書に関しては権利の購入など出版に必要なことを全てYouTubeを見ながら独学で勉強しました。
 
2025年には新たな書籍シリーズ『Silk(シルク)』を立ち上げ、すでに2冊出版しました。形式を決めず実験的で軽めに読める本を作りたくて。小説を読みたい気分のときもあれば、短い読みものに気が向くときもあるだろうし、必ずしも分厚い本と3ヶ月以上睨めっこするだけが読書じゃない。みんなが思っているような難しい読書以外にも、本を読む行為にはいろいろなスタイルがあっていいということを提案するためにも、わたしたちが様々な形式の本を出すことが大事だと思っています。これからもっと多くの作家を広めていくためにも『Silk』は続けていきたいですね。
 
本以外では、2023年にライティングワークショップ「The Compost Library(コンポスト・ライブラリー)」をスタート。当時わたしたちには、書くということに対してもっと包括的に向き合いたいという欲求がありました。作家たちを雑誌で取り上げて支援するだけでは足りなくて、人によっては書くための空間や励まされる環境、作品を共有できる場こそが必要なのではと。一般的なライティングのワークショップにある緊張感というか、恥をかくのではないかという恐怖心は誰のためにもならない。だからこそもっと自由で居心地のいい場所を作りたかったんです。
 
その他にも、ポッドキャストやブッククラブの主催、ブランドや書店、ギャラリー、慈善団体など多方面とコラボしながら朗読会やライティングのイベントを行っています。Tシャツやソックスなどグッズも販売していますよ!
 
“文芸界のプレス”になった気分で、みんなにもっと読むこと、書くことの魅力を伝えていきたいと思っています。わたしはとにかく読書が好きだったけれど、学校の国語のクラスでトップだった秀才タイプでは決してありません。賢い人向けで難しくてちょっと怖さすらある文芸を、もっと誰でも楽しめるようなものにするにはどうするかに熱を注いでいます。まだまだやりたいプロジェクトがたくさんあって止まりません。
 
大人気だというグッズ、Tシャツや靴下などデザインがかわいい。
靴下の底には‘Fertilise Your Mind(感性を耕せ)’メッセージも。
  ーー2025年ミュウミュウが行った文芸クラブのイベントでは、『Worms』から書籍を出版したライターのJess Cole(ジェス・コール)さんが登壇していました。ファッション業界の読者と『Worms』には親和性があると思いますか?
 
そうだといいですね。たぶんその繋がりは、遊び心にあると思います。ファッションはすごく実験的で、自分の境界を押し広げる世界です。そのあたりが従来の文芸雑誌とは全く異なる、『Worms』が持つ挑戦的でオリジナル性の高い性質とハマっているのかもしれません。
 
『Worms』のデザインはCaitlin(ケイトリン)とわたしで作っていて、昔のDIY的なパンク・フェミニストのzineに強く影響を受けています。出版物自体がアートになるぐらい凝っていて、全てのページに異なるレイアウトを敷いています。ファッション雑誌を特に意識しているわけではないけれど、美的感覚は大事な要素です。また『Art-Rite(アートライト)』という出版物はかなり参考にしました。図書館で古いzineを探すのも好きです。
 
ファッションと文芸はそう遠くない存在だと思います。アウトプットが異なるだけで、どちらも意味を作る行為であり、美しさを見出すもの、他人に影響を与えるものでもあります。わたしは洋服が大好きだし着飾ることも大好きだけれど、新しいものを追求し見た目を強調するファッションは難しくてサステナブルじゃない。一方、書くことはもっと内面から湧き出るものであり、書くことからより多くのものを得られるので、自己表現の方法として文芸がわたしの心に響いたんだと思います。
大盛況の主催読書会の様子。
雑誌の包装に使われるステッカーやリボンまでこだわっている。

雑誌を作り続けることで生まれた新しい文芸コミュニティ

 ーー運営体制について教えてください。
 
ケイトリンとP(ピー)とわたしの3人がディレクターで、わたしたちは週4日『Worms』の仕事をしています。その他、スタジオマネージャーEvie(イーヴィー)、ウェブ版編集Arcadia(アルカディア)、ポッドキャストのホストSummer(サマー)と3人いて計6人の組織です。わたしたちはCommunity Interest Company(CIC)※という非営利団体として活動しているので株式会社ではありません。慈善団体とは異なり理事会の設置が不要で編集上の制約もなし。政府金の応募や寄付金募集、広告掲載、企業と提携も可能なので、自分たちの編集方針を保ちながらも自由に活動できます。
 
※Community Interest Company(CIC)とは… 私的利益の追求ではなく、地域社会に利益をもたらすことを目的として運営される有限会社。
 
実はワークショップとグッズ販売が主な収入源です。雑誌販売については、売り上げはいいものの、印刷や作家への報酬支払いがかさむので制作コストが高い。本当はもっと作家に払いたいのですが、なかなか難しいですね。書店やオンラインで販売しているほか、代理店「Public Knowledge Books(パブリック・ナレッジ・ブックス)」を通じて国外へも流通しています。それに比べてワークショップは、わたしたちの身ひとつで成立するからコストゼロ…。グッズは雑誌を知らない人も気軽に買っていくのでけっこう売れています。
 
ーークレムさんは卒業後すぐ、『Worms』だけで活動していたのですか?
 
最初の4年間はロンドンにある独立型アート書店「DONLON BOOKS(ドンロンブックス)」で働きながら雑誌を作っていました。数年は赤字続きでしたが、時々ライターの仕事も受けたりしてポケットマネーを注ぎ込んでいました。最初の読書会なんて1人しか来なかったんです、笑うしかないですよね。でも雑誌を作り続け、出版を手がけたり、対面のイベントを行うようになってから、自然発生的にコミュニティが出来てきて軌道に乗った感じがします。今はわたしも含めメンバーは『Worms』の出版業で生活できるように。ここまで来るのに長い道のりでした。
かつてクレムさんが働いていた「ドンロン・ブックス」でのイベントの様子。
ーーロンドンのインディペンデントな文芸シーンは今どうなっていると思いますか?
 
『Worms』を始めたときは文芸をテーマにしたイベントが全然なくて、もっと欲していました。ここ最近突然というよりはだんだん増えてきた印象ですが、今はとても勢いがあります!『Montez Press(モンテス・プレス)』, 『Sticky Fingers Publishing(スティッキー・フィンガーズ・パブリッシング)』, 『Tummy Ache(タミーエイク)』,『The Toe Rag(ザ・トウ・ラグ)』, 『MARFA JOURNAL(マーファ・ジャーナル)』など名前を挙げきれないほど素敵なDIYスタイルの雑誌や出版コミュニティができたので、ぜひコラボしたいですね。
 
ーーロンドンの文芸シーンで今面白いと思うものは?
 
先日『Worms』も参加したロンドンのイベントで、日替わりで本のキュレーションを変える1週間限定図書スペース「Public Reading Library(パブリック・リーディング・ライブラリー)」というものがありました。このようなフィジカルな場所で一定期間誰もが本にアクセスできて、本にまつわる様々なイベントを毎日開催するという形式に興味があります。
「ドーバーストリートマーケット ロンドン」の「ローズベーカリー」で働いていたシェフ、マフルハ・アハメドさんによる料理本。
全ページレイアウトが変わるデザインは圧巻。

ー取材を終えてー

「書くことは解放的であり効果的な自己表現の手段であるのに、ファッションでは書くことが過小評価されている」というコメントにあるように、西洋のファッション誌では一般的にビジュアルが重視され、テキストの量そのものが少ない。一面写真の連続なので、ほぼフォトブックを見ている気分になる。
 
一方、日本のファッション誌は情報誌的な側面が強く、もっと個人のストーリーが誌面でフィーチャーされたり、ひとつひとつの企画にもテーマや背景を丁寧にものが多い。とはいえやはりどうやって最新の洋服を魅力的に見せて、旬の人や事象を紹介するかという”見た目”と”新しさ”が重視されがちだ。
 
いま、「洋服を通して見える人のスタイルやアイデンティティにこそ惹かれる」というクレムさんが発信する『Worms』のような雑誌や活動が支持されているということは、実は多くの人が見た目や新しさだけでない、ファッションの人間的な側面をもっと知りたいという欲求があるのかもしれない。

 
ロンドンの感度が高い人々が集まる街にオフィスを構えている。
インスタグラムのフィードより。
 【取材・文・撮影:長谷部千佳、編集:中矢あゆみ・須賀麻結(『ACROSS』編集室)】


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