Across the Book Review Vol.15
2009.01.14
その他|OTHERS

Across the Book Review Vol.15

「生活の一部のごく自然な営み」
『ぼくは猟師になった』(リトルモア)千松信也

撮影:池田晶紀

生活の一部のごく自然な営み

 猟師、とはふだんの生活でめったに聞かない単語だ。山奥で熊を追うマタギか、あるいは犬を連れてキジやらウサギを鉄砲でバンッと撃つハンティングか、その出で立ちを想像してみても、ほとんどファンタジーのように思える。
 しかし、本書の著者千松信也氏は、今この日本の京都で、イノシシやシカを獲り、自ら獲物をさばき、調理保存して日々の食料にしている、というまごうことなき猟師だ。しかも、狩猟もしながら、運送会社にも勤務する、兼業猟師。山にも近いが、コンビニまで徒歩10分、ネット環境も整った古民家に住む。現実ではなかった猟師に、俄然興味がわいたことはいうまでもない。

 著者が行っている狩猟は、ワナ猟という、ワイヤーやバネを使ったククリワナで獲物を獲る猟法だ。鉄砲でバン、ではない。著者自身も、本で見て知っていたが今ではあまり行われていないだろうと思っていたところ、たまたまアルバイト先にワナ猟をしている先輩がいた、という奇跡のような出会いがあり、早速弟子入りしたのだ。さらに、山に程近く、獲物の解体もOKという、都合のいい物件も運よく見つかる。遡れば、虫や動物が好きだった千松少年、獣医をめざしていた高校生のとき、本屋で何気なく柳田國男の『妖怪談義』を手に取り、一転進路を民俗学に変更した、という偶然の出会いもあった。

 古い言い伝えが残る田舎に育ち、無人島や山奥で狩猟や農業をするくらしを夢見て、高校では探検部を作りアウトドア遊びをしていたのが、民俗学を通して「故郷に色濃く残っている言い伝えと、自分が考えている人間の自然への関わり方というふたつの無関係に思えていたもの」が一本の線でつながり、やがて憧れの域だった狩猟も現実になってしまった。ついでにいえば、狩猟解禁日の11月15日は、著者の誕生日。なんとも気持ちのよい人生である。

 しかし、本書の魅力は、著者の生き方ではなく、なんといっても狩猟そのものである。ワナ猟なんてもちろん別世界のこと、どう考えても、自分の生活になんの関わりはないはず。だが、面白いのである。ワナのしくみ、しかける際の注意、けもの道探し、ワナの見回り云々、「なるほど、人間のにおいにイノシシはそんなに敏感なのか」と、納得している自分にびっくりだ。これって狩猟本能なのか、と思ったりもした。

 圧巻なのは、かかった獲物をしとめ、さばくシーン。鉄パイプで失神させ、ナイフをさして絶命、肉が痛まないように運搬、内蔵を取り出す。解体・精肉する手順など、写真、プロセス入りで詳細に記されている。獲物捕獲とその後の作業を、ドラマチックでも残酷でもなく、やわらかい文体で、しかし臨場感あふれる表現で書かれており、すがすがしい印象だ。仕事をしながらの猟なので、朝に獲物を仕留めると出勤前までに処理をしなければならず大変、など生活感も漂うところが、またリアルで面白い。

 獲った後は、もちろん食べる。野生動物の肉の味や調理方法も、本格的だ。野生肉が「臭い、硬い」というのは誤解、イノシシを牡丹鍋ではなく水炊きで、シカ肉はタタキにするとマグロの赤身のよう、だとか。
感心するのは、獲ってから食べるまで、すべて自分の手で行っていること。廃品のロッカーを利用して燻製器を作り、本を見てメニューを工夫する。保存食や、胆のうから薬まで作り、さらに毛皮もなめして、バッグまで縫う。「毛皮から血の一滴まで利用し尽す」というとおり、ほぼすべての部分を食べ、利用する。余分な内臓は、土に埋めて他の動物の餌にする。

 「人間が生態系の頂点にいると思い込み、多くの動物を工場のような施設で飼育・肥大化させ、考えなしにむさぼり食べている現代社会の方が野蛮に思えてきます」といった一節も、説得力を感じる。

 先輩猟師と一緒に行うカモやスズメを捕る鳥猟で猟期をしめくくり、春は山菜や果実、夏は川で貝や魚を捕ったりして休猟期を過ごし、やがて来る次のシーズンに向け準備する、という著者の1年。ロハス、田舎暮らし、エコとかいう符丁はやめておこう。著者曰く狩猟が「生活の一部のごく自然な営み」、であるように、この暮らし方も著者にとっての自然の営みなのであろうから。


[フリーエディター・神谷巻尾]




「思い出した本」と「読みたくなった本」

●読みたくなった本(見たくなったDVD)
『妖怪談義』柳田國男(講談社学術文庫)
『世界屠畜紀行』内澤旬子(解放出版社)
『いのちの食べ方』森達也(理論社)



●思い出した本

『老人と海』ヘミングウェイ(新潮文庫)
『邂逅の森』熊谷達也(文春文庫)
『オーパ』開高健(集英社文庫)
『鱒の国へのみちしるべ』入江英生(PARCO出版)



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