Across the Art Review Vol.01
2008.05.28
その他|OTHERS

Across the Art Review Vol.01

カイカイキキギャラリー「サーナ・ホン個展」Viscery Loves Company

ギャラリスト、村上隆がアメリカン・サブカルチャー・シーンから見出してきたカイカイキキ作家群へのひとつの解答

本書より転載
童話の世界のような空間に黒い髪の少女たちや動物が遊んでいる、どこか懐かしい感情を抱かせるペインティング作品。近づいてよく見ると、少女たちの服や木々の表現はファブリックや紙がコラージュされており、繊細さの一方でグラフィティ・アートのようなラフな肌触りも併せ持っている。

作者は韓国系アメリカ人アーティスト、サーナ・ホン Seonna Hong。彼女は村上隆率いるカイカイキキ・ギャラリーの取り扱い作家であり、この展覧会「Viscery loves company」は同ギャラリー初の海外アーティストによる個展となる。
 
 展覧会タイトルの“Viscery loves company”は、“misery loves company=同病相哀れむ”を下敷きにしており、人間なら誰しも感じるような寂しさと、人とのつながりをテーマとしているという。作品の中に登場する女の子たちにはホンのライフ・ストーリーに基づく記憶や経験が反映されており、少女の着ている服や髪の色などはそのノスタルジックな感情を喚起するような、古めかしいデザインが素材として用いられている。

ホンによれば、絵画は言葉で表せない感情を表現するための手段であり、今回の展覧会の作品には切なさ、悲しさ、寂しさ、喜び、怖れ、幸せと不幸せ、孤独といったさまざまな感情が反映されている。それも、複数の感情が混じっているというよりも、むしろ“喜びながらも同時に悲しさも感じる”ような複雑な感情だという。

ホンはカリフォルニア州立大学ロングビーチ校を卒業後、子供たちにアートを教えるプログラムを経て、90年代後半から日本でもCSで放映されている『ティーチャーズ・ペット』など、アニメーションの背景のペインターとして活動。04年にはエミー賞を受賞するという栄誉に輝いている。現在はアートディレクターとしても活躍中だ。

一方で「ネオ・カイジュウ・プロジェクト」としてアーティスト、ティム・ビスカップやゲーリー・ベースマン(アニメ『ティーンエイジ・ロボット』のプロデューサー)とともにキャラクターフィギュアを制作するなど、活動のフィールドは広い。

「アニメーションはペインターやアニメーター、ミュージシャン、ディレクターなどさまざまなクリエーターとのコラボレーションによって作品を作るテクニカルな仕事。アーティストは私個人の感情を表現する手段。異なる表現手段のバランスが取れていて、両方とも好きな仕事です」。

個展のレセプション会場には、ホンがこの展覧会作品の制作過程で聞いていた音楽が流れていた。静かで穏やかな、ノスタルジックな印象を抱かせる第一印象が、オルタナティブなポップ・ミュージックを重ねあわせることで複雑な陰影を帯びてくる。

ホン自身も作品制作に関しては音楽からインスパイアされることが多く、またミュージシャンとの交流も多いという。プレイリスト中、Sea WolfとDevicsは友人のバンドであり、また『マリー・アントワネット』のサウンドトラックで知られるDustin O`Halloranはホンの15年来の友人である。

「最初のコンセプト段階から、音楽はぜひ個展に含めたいと思っていたエレメントです。普段から日常でも音楽を聴きますが、作品を制作しているときなどは特に音楽が刷り込まれて、ずっとそれを思い出しながら絵を書き続けているようなこともあります。音楽もアートも、何かの感情をかき立てます。音楽を聴くと昔の記憶が呼び起こされることがありますが、自分の作品も、観た人が何かの感情を呼び覚ますようなものでありたいと思っています」

特にLAでは映画や音楽の発信力が強い都市だ。また、アートでもカウンター・カルチャーが強く、グラフィティ・アートやタトゥー、建築、インテリア・スタイリングなどさまざまなジャンルの表現がアートの文脈で評価され、相互に影響を及ぼしている。
ホンはアメリカ西海岸で90年代後半からすでに日本のアニメや特撮などのサブカルチャーを取り上げてきた雑誌『GIANT ROBOT』の「Giant Robot Biennale」にも参加している(2007年)。

ハイ・アートとロウブロウ・アートの垣根が低く、音楽やアニメーション、アートなどの各カルチャーが相互に影響しあうLAから登場してきた彼女のアートは、個人的な経験と民族的なバックグラウンドのほかに、多様なジャンルがマッシュアップされたLAの土壌も影響していると思われる。

例えばLAでは、アーティスト・村上隆が高い評価を受けるようになるのと前後して、90年代後半から「Giant Robot」に代表されるジン(雑誌)・カルチャーによって、日本のアニメーションや特撮などのオタクカルチャーが独自の文脈で紹介され、咀嚼されてきたという流れがある。

プレイリストにあるような音楽を聴きながら彼女の作品を見ていて思い出したのは、日本の水戸芸術館で07年に展覧会が開催された「マイクロポップ」というワードだ。同展のキュレーターを努めた評論家・松井みどりによる「マイクロポップ宣言」の言葉を借りれば、「大衆文化のメジャーなスタイルを指すのではなく」「知や価値の体系の絶えまない組み替えを現代の状況として受け止めながら」「日常の出来事の要請にしたがって自らの思考や行動の様式を決めていく」、脱領域的なポップである。

 アニメーターとしてのキャリアを経て現在に至っていることから、ホンはアーティストとしては異色の存在として紹介されがちなのだが、「東京ガールズブラボー」や「GEISAI」を経てきた筆者の視線でみると、むしろギャラリスト・村上隆がアメリカン・サブカルチャー・シーンから見出してきたカイカイキキ作家群への解答であるとも解釈できる。アートとアニメーションの両方を表現のフィールドとするサーナ・ホンがカイカイキキ・ギャラリーに登場したのは必然だったのかもしれない。
 
これからカイカイキキ・ギャラリーから紹介されるアートとともに、サーナ・ホンがジャパニーズ・カルチャーから得たものがいかにアウトプットされてくるかも興味深く待ちたいところだ。

[本橋康治(フリーライター)]


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