2002.12.07
その他|OTHERS

江口宏志/EGUCHI HIROSHI インタビュー

「UTRECHT(ユトレヒト)」オーナー

PROFILE:
1972年4月28日長野県生まれ。幼少の頃よりお父さんの仕事の都合で全国各地を転々とし、千葉県へ。血液型B型。1994年に明治大学経営学部を卒業後、(株)ソニー・ミュジックエンタテインメントに入社。通販部門である(株)ソニー・ファミリークラブにて通販ビジネスに携わる。約5年ほど勤務した後に退社。インターネット関係の仕事に携わりつつ、「ユトレヒト」の前身となるオンライン書店「メトロノーム・ブックス」を立ち上げる。その後、2000年 2月に同期だった荒木氏と渋谷・のんべい横丁にブックカフェ『Non』をオープン。業界内外で話題に。2002年7月、オンライン書店「ユトレヒト」を立ち上げる。11月2日には、代官山にリアルなブックショップ「ユトレヒト」をオープン。その後、中目黒に移転。予約制のブックショップとして営業中。

もともと通販カタログが大好きだったんです。

本当はね、なんでもよかったんですよ。正直なところ本屋じゃなくてもよかったんです。実は僕、通販カタログを見るのが大好きだったんです。通販が好きで通販の会社に入ったくらいですから。だって、なんか楽しくないですか? カタログを見るのって。

最初に通販で買ったのは『L.L. Bean』の時計(笑)。大学生の時です。カヌー部に所属していたんですが、アウトドアグッズとか、日本にないものがいっぱい載ってた。根がミーハーなので、オシャレな海外ブランドのアウトドアグッズとか欲しいじゃないですか。『Rei』とか『パタゴニア』とか『マウンテンなんとか』とか、とにかくいろんなショップのカタログを取り寄せては毎日隅から隅まで読み込んでましたね。見たことのない商品に出会うこと自体もワクワクして楽しいんですけど、そのうち、お店に買いに行くのとはまた違う「買い物」の仕方、仕組みに興味が移り、いつか「通販」という仕組みをやってみたいなーって漠然と思うようになったんです。

大学を卒業し 社会人になった90年代半ばごろ、インターネットが本格的に普及し始めた。あー、これで通販ががらっと変わるなーって確信しましたね。ただ、社内でのインターネット通販への取り組みは、まだそんなに積極的ではなくて。当時、ネットの通販で話題になるのは、別業種だったり、ベンチャー企業だったりして、通販会社がノウハウ生かしてやれればもっといいものができるのに、って考えていました。

本を売らない本屋さん構想

90年代も末になると、とにかくネットがどんどん出てきて、個人でもビジネスができる、という雰囲気になってきた。となると、自分でもやりたいなあ、という思いが沸々と湧いていきましたね。会社を辞めてからは、知り合いのウェブの制作会社「KAYAC」(http://www.kayac.com)のお手伝い。いくつかのサイトを立ち上げているうちに、HTMLとかは独学で覚えてました(笑)。

そして98年の11月に、見よう見まねで「ユトレヒト」前身となるオンライン古本屋「メトロノーム・ブックス」を立ち上げました。1年半くらい続けてみて、ネット書店にはいいところも悪いところもあるなあと。いいところは、「今までの古書店」とは違った、個人的な品揃えでその価値観を反映した、相場とは違う価格を付けても、誰かが評価してくれて買ってくれる人がいる。インターネットってすごいなあって。

悪いところは、・・・まあ儲からない(笑)。サイトの更新、発送、代金回収っていう手間の割には入ってくるお金は古本一冊分の売上な訳だし。まあ当たり前ですけど。でどうしたものかとまた試行錯誤の日々(笑)。

そんなふうに模索している時に声をかけてくれたのが、ソニー・ファミリークラブ時代の同期、荒木くんだったんです。「いっしょにやろう」って。彼はもともと飲食店をやりたいと思っていて、「じゃあ古本屋と飲食店が一緒になったお店を二人でやろう!」ってことなって。いろいろな物件を探した末に、2000年の2月に渋谷ののんべい横丁に『NON』をオープンした。食えない自分を見るに見かねて。今振り返るとそうだったんだと思いますけどね(笑)。

お店をオープンしたらもう毎日めちゃくちゃに忙しくて。オンライン書店の方は小休止。気がついたらあっという間にまたまた月日は過ぎていく(笑)。

でも、構想だけは着々と固まっていきました。そうそう、「ユトレヒト」は最初は「本を売らない本屋さん」にしようって思ってたんです。「本を売らない本屋計画」(笑)。たとえば、僕らがネットで本を探す時って、いろんなサイトを見るじゃないですか。まずは、アマゾンとかBk-1などの書店サイトを見る。そこになければ古本屋のサイトで探す。で、今度はその著者名など人物をgoogleで検索して、関連情報を得て、またそこから欲しい本が出てきたり。で、そういういくつものことをやってって、結局何をするかっていうと、1冊の本を買う。でも、はっきりいって、どこがいちばんおもしろいかっていうと、本を探している作業がいちばんおもしろいんですよ。探していること自体が面白い。だったら、そこをもっと見せてあげて、その部分を紹介するサイトがあったら便利だし楽しいのでは?!と思ったわけです。

新しいマーケットをつくりたかったんです

まずは店名。「ユトレヒト」はオランダの都市名。1999年頃、ヨーロッパに買い付けに行ったことがあったんです。KLMだったのでオランダ経由。アムステルダムで蚤の市に行ったら、本そのものの装丁がかっこいいものや、かわいいペーパーバックがいっぱい! いろいろと検討していたらあっという間に夕方に。すると出店者は次々と店じまいをし始めて、見ているとみんな置いて帰ろうとするんですよ。「置いて帰るんだったら僕らがもらうよ!」ということで全部もらってきた(笑)。よく見たら、なんかみんなディックってサインが入ってるな、ということに気づき、帰国して調べたら、ディック・ブルーナが装丁をしていたシリーズだったことがわかったんです。彼は、若いころに父親の出版社を手伝っていて、ペーパーバックの装丁デザインをしていたんですね。

調べてみたらビックリするほど価値があった!なんてことは他にもけっこうありました。CDでいうジャケ買いみたいなものかも。インスピレーションで買ってきて、ただその後、それが何なのかをしっかりと調べて、その結果をサイトできちんと紹介してあげたらすぐ売れた(笑)。その時に、あ、今までの古本の価値基準じゃなくって、ちゃんと調べてあげて、価値を見せてあげたら売れるんだ!って確信を持ちましたね。そして、そういうみえない価値をきちんと見せていくサイトにしよう、というコンセプトに固まったというわけです。

ほら、リーバイスのファーストが1本30万円とかしたりするわけじゃないですか。それって、その希少性がちゃんと認知されているからこそ、高い価格で取り引きされている。それは極端な例だとしても、本の世界にもまだまだそんな話があるのかもしれない。

ネットショップとリアルショップ

ネットってすごいリピーター率が高いじゃないですか。ログを見ていると、あ、またこの人が買ってくれたんだ、って思うことがよくありますね。そのうち、だんだんその人の好みも分かるようになってきて、仕入れの時にあの人のためにこの本仕入れようかなあ、などと思ったりすることもあります。まあ骨董屋さんのようにはいかないですけどね(笑)。

でも、ネットのショップが売れるようになってきて気がついたんですが、ネットって売れるものは分かるんだけど、売れないものが分からない。つまり、結果は分かるんですけど、実際の書店のように、お客さんが手に取って、中身を見て、値段を確認して、他のものとも比較して、再び棚に戻すっていう行為が見えないので、売れない理由が見えないんです。

そうこうしているうちに、たまたま事務所が必要になり、立地的にいいところが見つかったので、じゃあショップ兼事務所にしようということになりました。といっても、平日はそんなにお客さんが来るわけではないので、たんたんとサイト制作に勤しんでます(笑)。

でも、実際のお店を構えると、つくづくお客さんからもらえる情報って多いなあ、と思いますね。フリーペーパーつくったので置いてくださいっていうのもありますしね。気のあったお客さんには、コーヒーとかお出しして、おしゃべりして過ごしたり(笑)。

本当にやりたかったこと

商品はネットで紹介しているものとほぼ同じ。うちは絵本屋だと思われているみたいですね。絵本だったら、多少変なものでも大丈夫。これはタンタンの実写版。かわいくもなんともないんですけどね(笑)。こっちはスウェーデンの陶器やテキスタイルのデザイナー、スティッグ・リンドバーグの1955年に描いた絵本の復刻本です。新刊本も扱っているんです。

でもこういうのもある。西尾忠久さんの『知らなかった一流品』。表紙はあれですけど、西尾さんは、『フォルクスワーゲンの広告キャンペーン』とか、昔から海外の広告や、モノ関係の書籍をたくさん出している、ユトレヒトでは「西尾」を見たら全て買えと言われるくらいの最高の人なんですよ。

どの本を紹介するかというのがいちばんのポイントで、その本を売ることは、ユトレヒトではなくてもいいと思っています。「ユトレヒト」というオンライン書店にはどんな本がどのように載っているかというのが大切なわけで、実際にその本は別のところで売っててもいいんですよ。そういう意味ではキュレーションに近いかもしれませんね。

だって商品である本は売れちゃえばおしまいじゃないですか。でも、うちで紹介した情報はサイトの中に永遠に残るんです。新刊本で埋め尽くされる大型書店が増えるなか、なんかそういう人物のデータベースとか書評のデータベースのようなものを残したい、という思いも大きかったのかもしれませんね。そういうものこそが財産だと思いますね。

そうそう、最近若者から「そちらで働きたいんですけど」っていうメールをよくもらうんですよ。そんな余裕ないですって言って断ってるんですけどね。でも、雑貨屋をやっている知り合いにその話をしたら、「若い人が働いてみたい、って思われる店じゃないとダメだよ」って言われました。数年前の雑貨ブームの時にはその店にはそういう若者がたくさん来たんだそうです。その後はカフェでしょ。次は書店で働きたいって若い人に思ってもらえるような、魅力ある仕事ができればと思っています。


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