2003.05.06
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萩原雅之/HAGIWARA MASASHI インタビュー

ネットレイティングス株式会社代表取締役社長/サーベイML主宰/マーケティングリサーチャー

リサーチひと筋20年

子どもの頃は先生になりたかったんですよ。でも、僕が入った学部は先生を養成するところではなく、社会学の手法で教育を分析する、というものだった。18歳までは田舎者。まあ地元では、ある意味期待されていたんですが、東京に出てきて、世の中にはものすごい人たちがいるんだということが分かり、1年生の頃はけっこう落ち込んでいましたね。

所属したゼミはリサーチ志向。まず実態を調べて研究し、またリサーチをしてさらに研究を深めていく。3年生の時には1年間かけて調査設計をし実査をし分析してレポートにまとめるという実習のゼミがあり、これがけっこう楽しかったですね。だからといってゼミのみんなが卒業後にリサーチ業界に行くわけではないんですが。ただ私は単純にリサーチって面白いなあと思い、その気持ちのまま、就職活動でもリサーチ業界を中心に訪問しました。そして、(株)日経リサーチに就職。

私が就職した84年頃は、野村総研とかマッキンゼーとかシンクタンクの人気が高く、同級生でそっち方面にいった人も少なくないですね。でも、私はあえてリサーチ。ああいうチマチマしたのが好きなんです(笑)。

日経リサーチは設立してまだ間もない新しい会社だったというのと、日経というブランドも魅力でしたね。ちょうど日経グループが、ジャーナリズムの新聞社から経済の情報機関に変わろうという時期で、そういう目論みもあって設立された会社でもあったんです。ですから、会社の規模もまだまだ小さく、いっしょにつくっていく感じが魅力でした。実は私は新卒採用の第1期。経営陣もみんな40歳前後で、そう、ちょうど今のネットレイティングスのような感じでした。

その後、86年の男女雇用機会均等法の影響もあってか、優秀な女性がどんどん入ってきました。調査業界って意外と優秀な女性が入るんですよ。入社テストをするじゃないですか。上位10人は女性、なんていうこともしばしば。男性は異業種からの調査業界への転職組が多かったですね。仕事もじゃんじゃん増えるので人もどんどん増える。あっという間に200人くらいになりました。面白い時代ではありましたね。

91年〜94年の3年間は、日経グループの欧州駐在員を兼ねて日経ヨーロッパ社に出向していました。ちょうどEU統合の動きが活発になってきた頃です。欧州だけでなく、アメリカやオーストラリアなど、多くの海外の企業が日本のマーケットに興味を持ち、けっこういろんな調査をやりました。企業のイメージ調査なども多かった。また、海外勤務の場合、純粋なリサーチだけではない仕事も多々ありますので人脈も広がったように思います。特に同業他社の人との交流は、会社対会社に留まらず、個人対個人で仕事の話などができるのがとても有意義でした。

人のつながりは大切。振り返ってみると、みんな「たまたまの縁」なんです。たとえば、マーケットリサーチ協会が発行している『マーケティング・リサーチャー』という会報誌の編集の仕事もそのひとつ。20代の頃にいっしょに編集をやっていた香取一昭さん(現NTTメディアスコープ社長)には、わたしが97年の夏に就職先を決めないまま日経リサーチを退社し、ハローワークに通っていた頃、「会社辞めたんですが、なんか仕事ないですか」と相談に伺ったら、「じゃあ、仕事が決まるまで営業やりなさい」と助けられました。ちょうどインターネットリサーチが注目されるようになった頃で、香取さんは、NTTナビスペースというネット調査会社の社長に就任されたところでした。

営業先は調査会社。そのひとつがリクルートリサーチだったんです。そこには、わたしのゼミの1つ上の先輩でリサーチ業界では有名な醍醐朝美さんという方がおりまして。「失業中なんですよ」なんて話をしているうちに「じゃあリクルート来たら」という話になりまして(笑)。それが97年の10月のことです。

リクルートは本当にいい会社でしたね。社風は自由奔放ですし給料は高い。みんな活き活きとしていました。社外だけでなく、社内の各部署からのリサーチも受注している関係で出会ったのが、当時リクルートの旅行事業部門を統括されていた船津康次さんです。彼は、その後トランスコスモス社の社長に就任。実は、彼の「調査事業の立ち上げをやってみないか」というお誘いがあり、トランスコスモスも出資していたネットレイティングスに入ることになったんです。99年10月のことでした。

お世話になった仕事や経験が次の新しい仕事につながっていく、本当に幸運であり幸福だと思います。

「ネット視聴率」という概念

99年は、ネットビジネスが盛り上がりはじめた頃で、アメリカから「ネットの視聴率」という調査業をサービス業化する、という概念が上陸。当時はネットビジネスといえばバナー広告、という時代です。電通とビデオリサーチがTVやラジオ、雑誌などのメディアを視聴率で測定するビジネスモデルを確立したように、ウェブサイトの視聴率も測定して、そのトラッキングデータを企業に提供する情報ビジネスを確立しようというのがニールセンと弊社の当初の狙いです。

現在もこういうメディアデータとしての利用も多いのですが、バナー広告市場もかつてのような成長率はないですし、ブロードバンドの普及に合わせて試みられる新しい広告もなかなか浸透には時間がかかるようです。動画の利用については、著名な映画監督が手がけて一時期話題になったBMWのショートフィルムほどのクォリティのものがどんどん出て来ると、マーケットももう少しは活性化するのでは、と思いますが(苦笑)。

そもそもウェブはメディアとしての機能だけでなく、マーケティングの機能を持っています。企業が軒並み自らのサイトを運営する昨今、たとえば、ホンダという会社のサイトはイコール自分のメディアでもあり、消費者や顧客との密接なチャネルでもある。訪問した人がどのような視聴行動を取っているのか、何処から来て何処に行き、何に反応しているのかなど、消費者分析をするのは当然のことという考え方がようやく一般化しつつあります。現在では、我々の顧客にも広告業界だけでなく、一般企業のお客様も増えており、直接オーディエンスデータを分析する、という時代へとシフトしてると思います。

日本のネットマーケットに期待すること、されること

ネットレイティングス社では、毎月インターネット利用者の数というのを算出しています。3月末現在の「自宅でネットに接続が可能な人」は推定5,816万人。うち、「実際に接続している人」は月間2,642万人。「職場で接続が可能な人」は推定1,004万人で、うち「実際に接続している人」は853万人。ちなみに、1人あたりの接続時間は自宅、職場合わせて1ヵ月約13時間5分59秒というデータ。ブロードバンド化は着実に進み、平均利用時間はこの1年半で約4時間も伸びました。ネット人口も家庭内の主婦や子どもたちなど、まだまだ増加傾向にあるのも事実です。

では、いったいどんなサイトへの訪問が増えているのか。逆にどんなサイトが人気がないのか。トラッキングデータは、行動そのものを事実として記録して行きますから、POSデータとまではいかなくても、かなりのことがわかるようになってます。まさにウェブマーケティングのサイエンス的な側面です。

たとえば、トラッキングのデータを定点観測すると、日本のウェブ・マーケットは、予想以上に個人対個人のコミュニケーションに使われていることがわかります。アメリカのトラッキングのランキングを見ると、上位にアマゾンなどまっとうな企業サイトが並ぶんですが、日本のベスト20のうちの上位12〜13位くらいまではニフティとかビッグローブ、ソネット、ハイホーなどが占める。具体的なデータでみると、ビッグローブに1,500万人が訪問していることになっていますが、そのかなりの部分は、ビッグローブのドメインを使っている個人のホームページへのアクセスです。

日本の場合はそういうお金にならないサイトでのトラッキングが多いんです。趣味のページとか、最近ようやく米国でも話題になってきたブロッグ(日記)とか、「2ちゃんねる」のような独特の掲示板とか。あんな掲示板は世界中探してもどこにもありません。「目的」としてのネットの利用ではなく、「娯楽」的な側面が非常に強いのではないでしょうか。無秩序なようで秩序がある。
実は、そういった個人の娯楽や趣味、ライフスタイルを軸としたコミュニティサイトをめざしたのが、『ISIZE』や『じゃマール』だったんです。まだ出会い系サイトなんかもなかった時代。企画としてはちょっと早過ぎた! 悔しいです(笑)。

忘れてはいけないのが各業界に必ずある有力なコミュニティサイト。たとえばカカクコムや旅の窓口、アットコスメなど、消費者がそれぞれの商品に対する意見や評価を直接書き込むというシステムのものはものすごくアクセス数を伸ばしています。実際のサイトを覗いてみると、口コミならではのリアルな情報が詰まっていて、もはや企業側も無視できなくなっているようです。

ネットバブルの頃は、多くの専門家がドットコムで企業がリードする新しいエコノミーが既存のエコノミーを駆逐する、などと豪語予想していましたが、一部の「勝ち組」を除いて実際にはそんなことはなかったようですね。しいていうなら、在庫を処分する、というシステムがなかったホテルや旅館、チケット、オークション、通販などでは、ドットコム企業によって新しいチャネルが増え賑わっているというのがあります。ホテルの宿泊料金が時価になったことで新しい需要が生まれたわけですが、これらはドットコム・ビジネスによってリアルのビジネスが活性化した事例です。

女性サイトのブームというのもありましたが、高級女性誌には積極的に広告を出すルイヴィトンやティファニーなどの一流ブランドやタレントの広告が入るかどうか、今後注目したいです。女性サイトではありませんが、例えば米国のニューヨークタイムズ紙には、あのティファニーのバナーが常にトップページに入っている。サイトをご覧になるとわかると思うのですが、誰が見てもあの格調高きNYタイムズとわかるサイトです。ティファニーはそのブランドに信頼を置いてバナー広告を出しているわけです。日本は既存の新聞や雑誌とウェブの連動があまりにもなさ過ぎるんだと思いますね。おそらく、日本の新聞のサイトなどは、ロゴだけを入れ替えても気がつかないと思いますよ(笑)。

マーケティングには「サイエンス」と「アート」の両方が必要

13年、2年、3年。考えてみると、大学を卒業した22歳から今まで、ずーっとリサーチしかやってこなかったことになります。リサーチの醍醐味は、20代の若い頃から、お客さんを抱え、そのお客さんに対しては、最初から最後のアウトプットまで責任を持つことができることでしょうか。サラリーマンでありながらスペシャリストとして自分の責任で仕事ができることだと思います。しかも、いろんな業界の案件を年間何十本もやるわけですから、けっこう楽しい。

まあ、アウトプットが報告書っていうのはちょっと寂しいような気もしますが(笑)。しかも、調査をしたからといって、その結果を最大限に活用して商品が大ヒットした、なんていうこともめったに聞きませんしね。社内を説得するための資料というケースがまだまだ大半ではないでしょうか。欧米のように、経営者の決断に影響を与えうるような調査が増えるといいのですが。

会社を設立して約3年半。定期的にトラッキングデータを分析・提供する一方で、企業からの調査の依頼も増えてきました。なかでもリクエストが多いのは、ヒストリカルなデータ分析やケーススタディです。80年代から一貫して『アクロス』がやってきたことでもあるわけで(笑)。これに関してはケースを読む側にスキルが必要な上、方法論がシステム化しづらいので、個人の中にノウハウが蓄積されていきます。これは同じマーケティングでもいわばアート的な要素だと思います。

マーケティングはサイエンスなのかアートなのか?! そんなふうに二元化するのはよくないかもしれませんが、私にはマーケティングアプローチは大きくこの2つに分類されるような気がしてなりません。マーケターのタイプもその2つに分類されます。もちろん、私はまったくセンスのない人間ですから、サイエンス派ですね(笑)。


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