ローゼン美沙子/Rosen Misako インタビュー
2008.06.26
その他|OTHERS

ローゼン美沙子/Rosen Misako インタビュー

コンテンポラリーアートは新しい「大衆文化」なんです。

失われた10年といわれる90年代は、実は日本のコンテンポラリーアートの黎明期だった。
今回の「Who's who」は、ここ数年の全世界的に進むアートバブルとは一線を画して活躍する、次世代の若手ギャラリーのひとつ「MISAKO & ROSEN」のオーナー、ローゼン美沙子さん。

あの時あの場所に立っていてよかったな、って思います。

 出身は足立区。ビートたけしさんの実家とは環七を隔ててちょうど向かい側なんですよ。
大学は美大とかではなく、ふつうに文化系でした。アートとの出会いは、たまたま、大学2年生の時に「小山登美夫ギャラリー」でアルバイトを始めたことからです。

 小山ギャラリーがオープンしたのは1996年4月で、私が入ったのは9月ですから、ほんとうに初期の段階です。もちろん、小山ギャラリーが現代美術界でこんなに大きくなるとは想像もつかない頃です。アシスタント1人と小山さんで運営していた時代です。

 アルバイトを初めて2〜3年目くらいで、アーティストの奈良美智さんや村上隆さんの活動の場が拡大していったこともあり、スタッフも増え、小山ギャラリーの仕事が徐々にに忙しくなりました。

 その頃、私自身は、多分アートミーハーだったと思います。学生だったこともあり時間が許す限りはいろいろな展覧会に行きました。
当時は、村上隆さんが率いるアーティスト集団、「Kaikai kiki(カイカイキキ)」のアーティストのイベントが定期的にどこかであって、中でも、「Mr.(ミスター)」の初期のパフォーマンスはほとんど観ていました。
"アニメパンクス"とか、コンニャクに頭から突っ込んで窒息しそうになったりしてたやつとか(笑)。

 小山ギャラリーでは、当初は、私自身、何も分からないなか、とりあえず実務全般というか、あらゆることやりました。基本的には、展覧会の準備作業をとにかく期限までに終わらせなくてはらならないので、作業作業の慌ただしい日々が続きました。展示作業をして、作家が来て、オープニング、という作業をいつもギリギリでなんとかこなすという感じ。でも、その爽快感というか、達成感が展覧会の度にあったのは事実ですね。

 現代美術の世界って、決してすぐに儲かるものではないので、ひたすら時間を削って、一生懸命働かなくてはなりませんでしたが、面白い作品や作家さんに出会えたり、なにより、楽しいことも多かったので続けられたんだと思いますね。というか、要は好きだったんでしょうね(笑)。

 とはいえ、自分が同じギャラリー経営の道を辿ることになるなんて、まったく思っていませんでした。ギャラリーの仕事は、作家のマーケットを一から作っていくという大変な仕事だっていうことを現場で見て知ってましたから。むしろ自分には無理だな、と思っていたくらいです。でも、退社する2年前くらいでしょうか。ようやく、自分でこの仕事をやっていこうと思えるようになった。というか、結局は、この仕事しか思いつかなかったみのかもしれません。(笑)。

海外出張の経験

 日本のアーティストが世界でも通用するようになった、と、今でこそふつうに言われていますが、初めて出張でアートフェアに行かせてもらった時は、日本のギャラリーは2−3軒しかでていなかった気がします。

 90年代後半から2000年にかけては、世界中でアートフェアが盛り上がってきた時代でした。NYの「Armory Show(アーモリーショウ)」が出来て、マイアミにも「Art Basel Miami Beach(アート・バーゼル)」が登場しました。その後、ロンドンの「FRIEZE ART FAIR(フリーズ・アートフェア)」ができたり。今こそ自分で出展する立場ですが、前と比べるとものすごい量のアートフェアがあるのを実感します。

 こういった時期に、「海外の現場を見ましょう」っていうことで、小山さんはスタッフを交代で全員、海外のアートフェアに行かせてくれました。今思うと本当にいい経験をさせていただきました。展示の仕方とか、荷物の準備とか若手ギャラリーのルーツのようなものがそこにはあったと思います。

 小山ギャラリーでの勤務10年目の最後の頃は、小山登美夫ギャラリーが立ち上げた銀座の「TKG Editions(ティーケージー・エディションズ)」というギャラリースペースを任されていました。そこは常勤スタッフは私だけでした。

 「TKG Editions」は版画をメインに扱うギャラリーです。途中リニューアル立ち上げに関わらせてもらいました。そこで版画などエディションの知識をより深く学びました。

 今は10年前とアートシーンの状況が変わったこともあって、次の世代として別のあり方を模索しなくてはならない時期に来ているように思います。

 この10年、先輩ギャラリストによって、アートシーンの土台が作られてきたからこそ、私たちみたいな若い世代がギャラリーを経営がしやすくなっているのは確かです。

 油断はできませんが、確実にいい環境になってきています。
南川史門 エコバッグ \1200(税込み)

ギャラリー経営/独立

 アートを買う人はここ数年でとても増えたと思いますね。だからこそ、私たちも独立できた。夫婦で小銭をこつこつ貯金しながら、このくらいあれば独立できるかなって計算して決心しました。

 今も夫は別のギャラリーで働いてますが、いろいろと手伝ってもらっています。ギャラリーの経営自体が「家族経営」という意味合いをもつように「MISAKO&ROSEN(ミサコ&ローゼン)」と名付けたのですから。彼もまたアートスクールに行ったわけではなく、ヒューストン出身で、ロサンゼルスのギャラリーで働いていて、東京に来たという経歴の持ち主です。アーティストの選定は二人で相談して決めています。

 オープンして1年くらいしてだんだんギャラリーのテイストや方向性がクリアになってきたせいか、選び方や趣味も共通するとことが多くなりました。でもお互い客観性は忘れない様にと心がけています。


 このギャラリー「MISAKO&ROSEN」をオープンしたのは、小山登美夫ギャラリーを退職した翌月です。10月末に辞めて、11月の後半にはプレオープンとして、これから展覧会をやるアーティストたちのプレゼンテーションとなるグループ展を開催しました。すぐに動き始めて回転資金を増やしたかったので、そんなタイトなスケジュールにしてしまいました。

 ギャラリーの内装も辞めた次の日にホームセンターで材木を買って、アーティストの竹崎さんとお友だちに手伝ってもらって作りました。

 今のところ、友だちとか、その友だちとか、とても狭いところからスタートしている感じです。いちばん最初の展覧会は、南川史門さんという作家さんなんですが、5年くらいずっと彼がやっている下北沢のカフェ「CICOUTE CAFE(チクテ・カフェ)」で、夫のジェフリーと3人でお茶してたような仲だったんですよ。

 もちろん彼がペインターというのは知っていましたけど、どちらかというとくだらない話を毎週日曜日に会うたびずーっとしてるような仲間でした。もともと彼の絵は好きで1つ持っていたんですけど、そろそろ展覧会やったほうがいいねって話になり、私もそろそろ10年目の勤務になるなという事も独立のきかっけでした。
南川史門「ピンク、ブラック、戦争と平和」展
(撮影:岡野圭)

大塚にギャラリーオープン

 場所は、当初、池袋を考えていました。なぜかというと、当時住んでいたから(笑)。実は、渋谷、新宿と同じようにアクセスしやすいですし、渋谷は街の移り変わりが速過ぎるし、新宿は割って入る場所がない感じ。その点、池袋は池袋として、変わらない部分と変わる部分が共存していて、その中途半端な古さとか、庶民感が私に合ってるな、と思ったからです。

 昔池袋には、“池袋モンパルナス”という芸術家の村もあったからか、今でも美大生がけっこう住んでいるんですよ。知り合いの芸大卒業生にも池袋に住んでいました。展示用品も近場でそろう東急ハンズもあるし、実は便利なんです。

 たまたまいい物件を見つけたんですが、結局競合に負けてしまって、どうしよう、というとき、タカさんが声をかけてくれて、今の大塚の場所になりました。

 大塚という立地の面では苦労する部分もありますが、「昔のタカイシイギャラリーの場所です」と言うと一部の美術関係者はすぐ分ってくれます。いろんな巡り会わせがよくて、本当に恵まれていたと思いますね。

 ギャラリーの名前をMISAKO&ROSENという名前にしたので、独立以降は本名を名乗っています。名前と本人のギャップが大きいですけど(笑)。

「文化」としてアートを楽しみたい

 独立するにあたっては、有名な作家を抱えていたわけではありませんでしたし、ほんとうにゼロからのスタートでした。

 オープンしてすぐ07年の「ART @AGNES(アート・アット・アグネス)」に出展できたのはとてもラッキーでした。グランドオープンは12月で、アグネスは1月。参加しませんか? と実行委員会の方から声をかけていただいて、予算もなかったので、「TAKEFLOOR(タケフロ)」(現Take Ninagawa)というギャラリーの竹崎さんと蜷川さんと一番小さい部屋をシェアしたんです。それがスタートでしたね。本当に立ち上げたばかりで、メディア関係者にはつてがあっても顧客名簿はゼロの状態でしたから、とてもいい宣伝になりました。

 竹崎さんは作家としても活動していて、今はMISAKO&ROSENの所属アーティストです。構想を練る事半年、ようやく展覧会が実現したのが、2007年10月に、マヤ・ヒュイットといっしょにやった展覧会「experience - from Tokyo from London」展です。

 マヤ・ヒュイットはロンドン在住のアーティストでMISAKO&ROSENが始まってから2回目の展覧会を開催したアーティストです。出会いは、ある展覧会のオープニングに行く途中で道を聞かれたのが初対面。その後ロンドンの「フリーズ・アートフェア」などで何度か会うことがあり、彼女が作品集のCDをくれたのがきっかけで展覧会をやることになったんです。

 彼女はギャラリーのオープン準備の中、壁ができた次の日に来てくれて、そこから展覧会を開催するまで5ヶ月間東京に滞在していました。
アーティスト・イン・レジデンスなどというしっかりしたものではなく、近くに住んでいるお笑い芸人の友だちのツテをたどって、制作をしても大丈夫な古いアパートを持っている大家さんを紹介してもらって、格安で借りたアパートに住んでもらったんです。

 某財団から支援してもらい、当面の生活費、制作費を確保して、あとは飛行機代とか家賃とかをMISAKO&ROSENの予算から出してどうにか実現した展覧会でした。

 その間、Art @Agnesとかで、小さいドローイングとかペインティング作品を売って資金を作ったりしてましたね。それもこれも、10年間のギャラリー勤務で経験したことが生かされたと思います。こうやっていろんな知恵を出しながら運営しているのが現状です(笑)。

 「茂木綾子・森本美絵」展やウィル・ローガン/奥村雄樹「everyday」展、「シャギャーン」展など、うちのギャラリーでは2人展という形式をとることが多いんですが、これは同じ問題意識を持ったアーティスト同士の、国際的なダイアローグの場として考えているんです。今後もこうしたテーマを持たせた企画をシリーズ化していくつもりです。

 若いギャラリーにとってはリスクもありますが、この1年はアートフェアにいろいろ出ていきたいと思っています。

 実は、2008年の12月にはマイアミの「NADA(ナダ)」というアートフェアに参加することが決まりました。海外では初めてのアートフェアです。

 特にここ数年は、はアートバブルと言われ、世界的に美術が盛り上がるトピックがいっぱいあったんです。最近は、ほんとうにアートフェアもたくさんあって、作家も作品も流通量が増えて、クォリティが高いのか低いのかすら分かりづらくなってきました。その中でいい作家、いい作品を見極めて、一つひとつ大切にしながら紹介していきたいと思っています。
写真左から:三上善司(ZENSHI)、竹崎和征、蜷川敦子(Take Ninagawa)
ローゼン・ジェフリーと美沙子(MISAKO & ROSEN)、笹原友香
(ユカ ササハラギャラリー)
、荒谷智子、浦野むつみ(ARATANIURANO)
藤城里香 (無人島プロダクション)、青山秀樹(青山l目黒)
(撮影:松葉直)

「G9」から「New Tokyo Contemporaries」

 私が生まれて小学生くらいの時にバブルが始まったんですが、それ以来、文化も使い捨てになっている流れは変わらないように思うんです。私はバブル時代に指をくわえて見ていた世代なので、もし今、アートがブームになっているのならばなおさら、投機の対象などではなくて、本当にアートが好きな人たちにこそ広く受け入れられたいという気持ちが強くあります。

 例えば、江戸時代に大衆文化に歌舞伎や浮世絵がもてはやされたような時代が理想です。海外にこそ作品は輸出されて行きましたが、後の世代にきちんと文化として残りました。いまでも歌舞伎はみなさんに親しまれています。

 実は置き換えてみれば、現代美術も同じで、自分たちの文化を残しているのだと思います。
美術が歴史になるということはとても大切なことです。

 2008年3月28日から4月6日まで、東京・新丸の内ビル内にて、「NEW TOKYO CONTEMPORARIES(ニュー・トーキョー・コンテンポラリーズ)」というアートイベントを開催しました。よく昔小山さんたちが昔やった「G9」みたいだねと比較されます。

 これは、7つの若手オーナーによる現代アートのギャラリーが集まって企画・開催したもので、アートフェアはすでにいくつかあるので、ちょっと違うものをやろうと言う事でスタートしました。

 共同キュレイションした展覧会 "end of the tunnel"(エンド・オブ・ザ・トンネル)の他に新丸ビルの7Fスペースをパブリックアートのような形で、作品を展示しました。

 オープニングイベントには、俳優の半田健人さんのDJイベントを開催したり、会期中に
コレクターの方に気軽に楽しめるアートコレクションの話をしてもらいました。

 ギャラリーを始めたばかりのギャラリストたちのイベントだったので、先輩ギャラリストを代表して小山さんに開業当時の話をしてもらうトークイベントも開催しました。

 この企画は、三菱地所の方にお声をかけていただいたのがきっかけで実現したんですが、ちょうど、同世代のギャラリスト同士の話の中で、同世代だけのアートフェアみたいなものをやってみたいね、という話をしていたこともあって、すぐ皆さんと意気投合しました。

 「New Tokyo Contemporaries」はイベント名でもありましたが、同世代ギャやリストのアソシエイションみたいなものです。

 メンバーはいずれも、「G9」を主催していたギャラリーか、その周辺の世代のギャラリーで働いてた方たちです。

 開催場所の「(marunouchi) HOUSE(丸の内ハウス)」は、エグゼクティブ層だけではなく、サラリーマンやOLさんといった一般層を対象にした夜のエンターテインメントを提供する場所なので、イベント開催時刻もそれに合わせた内容にしたところ、もの凄くたくさんの人で賑わいました。
 日本では大衆に受け入れられるものが評価につながるところがあるので、そういった意味では丸の内はいい場所でしたね。

 トークイベントも多くの人に来て頂けました。最近は、日本でもトークイベントに人が集まるようになっていますが、アートやアーティストそのものに興味を持つ人が増えている証拠なんだと思いますね。

 これからはもっと多ジャンルの人がアートとコミュニケーションしてくると思います。

 その時に健全にお金が動くように、マーケットが破裂を起こさないように気を使う必要もでて来ています。

 6月からは、グループ展「here’s why patterns」を開催しています。二人展以外では初めてのグループ展です。

 1年まえくらいからPatternsとか抽象とかそんなテーマで展覧会がやりたいなとギャラリー内で話をしていました。だいたい出展作家も想像はしていましたが、その矢先に、結婚式をあげたロスコチャペルでモートンフェルドマンの1978年の楽曲「whty patterns?」というCDを見つけました。タイトルの決めてはここにありました。このタイトルを出発点として、抽象化や反復などに重点をおいた展覧会です。

 第1回と第2回に分けています。第1回は「here’s why patterns」で2回目が「here’s why patterns here’s why pattern」です。

 第1回目の展覧会では南川史門、ファーガス・フィーリー、ジョシュ・ブラックウェル、ルース・ラスキーと、サンフランシスコ、ダブリン、東京、ニューヨークのアーティストです。ファーガスがカルチャーアイルランドより支援してもらったので、来日してトークイベントも開催しました。会期中になにか関連イベントをやりたかったんです。

 第2回目は、リチャード・オードリッチ、ジェニファー・ウエスト、トレバー・シミズと、ニューヨーク、ロサンゼルスのアーティストです。サマースクリーニングイベントを開催する予定で、David Robbins(デイヴィット・ロビンス)というアーティストが手がけた「Ice Cream Social」という映像作品とペインターの南川さんが制作した映像作品を上映する予定です。

 その名のとおりアイスクリームとケーキを食べながら人と集うというイベントです。実際の映像内容もBaskin & Robbins(31アイスクリーム)で撮影されていて、「Ice Cream Social」そのままなんです。

 9月はいよいよ竹崎和征さんの待望の個展です。去年の10月の二人展以来。そして、12月は、マイアミのNADAへの出展と、不思議ですがなんとか上手く回っていますね。海外のアートフェアへの出展は、ギャラリーをオープンした時の最初の目標でもあったので、1年半が過ぎ、ひとつ達成したという感じでしょうか。

 最終的な目標は、そうですね。海外はもちろんのこと、日本国内でも、若手の作家を扱う若手ギャラリーの存在がまだあまり知られていないので、もっと多くの人たちに知ってもらい、見に来てもらえるようにしたいですね。

 海外からみると、今年、日本は“NEW TOKYO”と呼ばれる若手ギャラリーがいくつもあることが強調された年だったので、来年に向けて、もっと具体的な展覧会や作家、そして作品が知られるよう、頑張りたいと思っています。

 アートは「みる」というところから始まるので、そういう意味では、アートの観衆を増やすのが最終的なゴールかもしれません。


[インタビュー・文/本橋康治(フリーライター)]


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