ここ数年、コーヒーの話をよく耳にする。ニューヨークではコーヒーハウスがあちこちでオープンしており、そのなかのいくつかは日本にも出店し、話題となっている。書店でコーヒーが飲めるのは当たり前になり、コーヒーを出すアパレルの店舗も少なくない。
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ニューヨークのゾーラン・マムダニ市長が一月に就任して四ヶ月近くになる。大統領であれ市長であれ、新リーダーの就任後100日をひとつの区切りとしてふりかえるのが米国メディアの慣しであり、「米国内のみならず世界中から注目されている市長」 ならなおさらである。 巷にあふれる新市長の100日評を見ていると、そのガヴァナンスを「ポットホール政治」と特徴づけるところが多いようだ。路上の陥没箇所を指す「ポットホール」は就任100日目のスピーチで市長自身が何度も繰り返した言葉だが、その射程は意外と広いようにみえる。ほぼ100日時点で目についたことを記しておこうと思う。 注目したいのは、多大な期待と疑心を背負ったこの新市長が、大きな一歩を踏み出したわけではなく、数々の小さな歩みを多方向に踏み出したことである。 選挙期間中の公約には、高額所得者や大企業への課税、バスの無料化、住民全員を対象とした無料のチャイルドケア、市営食料品店のオープンなどの難題が並んでいた。壁に等しい急坂をかけあがるような課題群なら、100日を過ぎた時点で実現に向けた道標が立ちつつあるのが、チャイルドケア、市営食料品店、非居住者を対象とする不動産税 (ピエ・ア・テール税) などのごく一部だけなのはやむを得ないというべきかもしれない。むしろ面白いと思うのは大ニュースにはならない細々とした一連の取り組みである。 そのごく一部をみてみると… 市長は4百万ドルを投じて市内に20-30ヶ所の公共トイレを新たに設置することを発表した。ニューヨークを訪れたことがある人ならわかるだろうが、市内には公共トイレが少なく、「世界の最も優れた都市では用を足すために店に入りコーヒー一杯に9ドルを使うべきではない」との市長の言である。 市内全域で学校周辺の自動車の制限速度を時速15マイル (24km) に落とすことも発表した。生徒の安全を確保するためだ。 歩道の車道に接する部分の「カーブサイド」を専門に担当する「カーブ管理室」なる部署が新たに設けられた。そんなニッチな部署が必要なのかとも思うけれど、爆発的なオンラインでの買い物の増加により市内で毎日2.4百万件もの荷物が配達されていることを考えれば、配達トラックのカーブサイド利用だけでも相当なものになり、そこに加えて並列駐車、ゴミ収集車 (収集ゴミはカーブサイドに出すのが決まり) による利用、レストランによる食事席としての歩道利用、そして歩道を歩く人たちと、その狭小な場所は著しく混雑している。なにより住民の誰もが毎日必ず利用する場所であるため管理が必要なのだという。 一方では、就任早々に、企業に責任を負うことを求め、労働者の保護を強化した。市の最低賃金の法律を守らず、「デリバリスタ」(自転車などでフードを配達する人たち) に本来支払われるべき賃金の一部を社内にとりこんでいたUberEatsなどのアプリ企業に対して、正当な支払と罰金を含む4.6百万ドルの支払いを求めた。市内では8万人がデリバリスタとして働いている。市の消費者および労働者保護局長によると、「大企業に小企業と同じように法律に従わせる」ものだという。 また各種サブスクリプション・ビジネスのキャンセル手続きが迷宮じみた複雑なものになっていることから、ワン・クリックでキャンセルできるよう各社に求めるルールを国内で初めて導入した。「ワン・クリックで購読させるなら、ワン・クリックでキャンセルできなければいけない」。ホテルの予約などに課金されていた種々のフィーやデポジットなどのいわゆる「ジャンク・フィー」の禁止も発表した。 ほかにもまだまだたくさんあるけれど、ひとまずこのくらいで。 これがいかにもまとまりのない雑多な詰め合わせにみえるとしたら、実際に雑多で全方位的だからである。新市長のほぼ100日は、その「ラディカル」な前評判とはほど遠い、些細にもみえる細々とした諸課題の対処が中心だった。とはいえいずれも住民の暮らしに直接影響するものであり、また消費者の保護という点では共通している。特に市長自身が就任後100日間の達成例として好んでとりあげるのは、100日で市内10万ヶ所のポットホール (路上の陥没箇所) を修繕したことである。市の歴史上かつてない速いペースだという。 20世紀半ばのミルウォーキーで社会主義者を自称する市長たちがインフラ建設を急いだ「下水管社会主義」に重ねて、その21世紀版としての「ポットホール政治」をマムダニ市長は主張する。市長の周りでは「ストリート社会主義」ともいうらしい。普通の人たちの目線でのインフラ改善のことだ。暮らしの支援とは必ずしも小切手を配ることではなく、優れた公共事業と公共政策によって課題のひとつひとつに対処することだというわけだ。課題に大小の区別はない。それこそすべての穴を埋めていく必要がある。 それは広義のメンテナンスともいえる。20世紀が建設だったとすれば、21世紀はメンテナンスである。実のところ、ずいぶん前から今日の都市には、飽和しきった膨張主義からメンテナンスやケアへとパラダイム変更が必要だと言われていた。言うのは簡単である。あるいは知ってはいても、やめられないとまらない。そうした言葉を用いることなく、具体的な形でそれを全面的に実行しようとしているのは、米国ではこの市長が初めてのはずだ。 公共トイレの設置計画を発表したときには、トイレは「ガヴァナンスの最も華やかな部分というわけではないが」と冗談めかした市長だが、市井の人たちの生活に直結する、断固として派手でもセクシーでもないありきたりな日常に傾注しているようにみえるのは偶然ではないだろう。なにしろポットホールである。そこには黒子としての政府を強調し、住民の信頼をとり戻そうとする意図がある。市場信仰の宿酔いが醒めきらぬ頭に「政府には人びとの暮らしを良くすることができる」と訴えかける市長に、死語に近い「公僕」という言葉を思い出した。 「マムダニが最近ニュースに出てこないけれどどうなっているんだ」と市外に住む友人から聞かれたある人が「ニュースにならないのは彼が仕事をしているということじゃないか」と答えたという。実際、市長の仕事とは実に退屈なものというべきかもしれない。妄言に等しい「イノベーション」や、不動産産業以外の誰も望んでいない再開発、住民にはもっぱら災難として降りかかる大イヴェント誘致よりも、目の前の些細にもみえる課題に具体的に取り組み改善し、住民が必要とすることを支援する、それが市長でありガヴァナンスではないか。たしかにそれはラディカルである。 なるほど「ニュースがないのはいい市長」とはひとつの考え方である。ところがこの市長は話題に事欠かない。聖パトリックの祝日にはアイルランドの歴史から植民地主義を解説し、パレスチナの状況にまで話しは及んだ。ラマダン期間中は断食明けの食事イフタールの写真を毎晩ポストし、その一夜は、2024年にコロンビア大学でのパレスチナ支援デモを率いたとして拘留されたパレスチナ人マフムード・カリルを招いた食事だったことも一部から反応を招いた。カリルの釈放を求めてマムダニ市長がトランプ大統領に働きかけて以来の縁がある。 トランプ大統領といえば、市長就任前の昨年11月にマムダニがホワイト・ハウスを初めて訪れたときには、密室での一時間の会談が終わってみると、猛獣に首輪がついてすっかり手なずけられていた様子に、マムダニの手腕に感心した向きが多かったが、ボストン市長のミシェル・ウーだけは名指しこそしなかったものの、おだては得策ではないと冷ややかだったことは覚えておきたい。いずれこのことは蒸し返すことになり、クイーンズ出身の二人の男の「ブロマンス」も必ずしも順風とはいかないだろう。 歴代市長の通例に背いて、5月にメトロポリタン美術館で開催される「メット・ガラ」に参加しないことも憶測を呼んでいる。今年のイヴェントのスポンサーはジェフ・ベゾスである。 昨年のマムダニの世帯所得は州の議員としての給与を中心に15万ドル足らずと市内の二人世帯所得の中央値に近い。アーチストである妻の所得は1万ドルに満たないというから、ある意味では市内の典型的な夫婦世帯である。公僕を務める若い夫婦にとって、セレブリティやビリオネアが富と名声を誇示する催しが場違いだと判断したとしてもおかしくはない。 この市長が与えるもうひとつの印象は、そのガヴァナンスが身体性と不可分に結びついているように感じられることである。どんなことにも自分で現場に出向き、ひとつひとつ自分で確認する。自分の身体を使い、手を汚して対処しようとしてみる。 「ミュニシパル・マッドネス」が顕著な例である。壊れた街灯やバスケットボールのコートの修復舗装など、市の対処を待つ16件の様々な案件のなかから、市の職員ではなく、市長自らが赴き、文字通り市長の手で直接解決して欲しいと願うものを、市民が投票して決めるものである。2万件を超える投票の結果、ブロンクスのサウンドヴューでのゴミの不法投棄案件が選ばれて、市長自らが作業手袋をはめて投棄物の回収撤去を行った。 もちろんそれはデモンストレーションである。ほかの数々の諸問題は市の職員が対処している。それでもメッセージは明らかだ。思想・イデオロギーよりも実行・実働であり、この市長は常に市内どこかの現場にいる印象を与える。就任式で「外にいる市長」であることを誓ったマムダニは、先日はロウワー・マンハッタンの市庁舎からアッパー・イースト・サイドの居住地まで6マイル (約10km) を歩き、すれ違う人たちに声をかけながら帰宅した。選挙期間最終日の夜にマンハッタン島の北端から南端まで歩き通して、その途上でバーなどの深夜に働く人たちと話しをしていたことを思い出す。 歩く市長であり、ヘルメットをかぶって自らマンホールの中に入り、モスクで祈る市長には、常に歩いていて体を動かしている姿が目に浮かぶ。オフィスに座りスクリーンの数字を相手にする市長とは対照的である。 2002年から2013年までニューヨーク市長を務めたマイケル・ブルームバーグには、テクノクラート、起業家、情報端末ビジネスと、2000-10年代的なアイコンが見事にそろっていることにあらためて気づく。市政のプレイブックを書き換えたと言われたりもしたブルームバーグだが、ふり返ってみると、彼が新たな時代を切り開いたというよりは、立ち上がりつつあった特有の時代に—ピーク新自由主義に—ふさわしい人がよび寄せられたといった方がいいのかもしれない。そうだとすると、マムダニ市長にはどんな時代の兆候をみるべきだろう。 選挙期間中には富裕税の導入を主張して注目を集めたが、いまとなっては大都市を内包するワシントン州やカリフォルニア州だけでなく、メイン州などの経済規模が小さな州も富裕税の導入を検討している。ウォール・ストリート・ジャーナルのようなビジネス紙でさえ税金を逃れるビリオネアたちが経済に悪影響を与えていることを指摘し始めた。「マムダニ効果」というよりも、潮目が変わりつつある時期に彼のような人がどこからともなく現れると考えた方がしっくりくる。もう忘れているかもしれないが、この市長はいまから一年前には全くの無名といっていい人物だった。 ブルームバーグ市長は、2002年に市長就任100日目の催しをゴールドマン・サックスで行い、集まったビジネスのリーダーたちに向かってスピーチを行った。2001年のテロ事件の約半年後にあたり、市の復興が喫緊の課題だった時期である。ブルームバーグ市長にとって、市の回復とはなにより企業の回復のことだったようだ。企業が回復成長すれば、市も住民も豊かになるのだと。マムダニ市長は住民を直接支援するやり方を選んだようにみえる。 住民の間では新市長の評判は概ね良好で、世論調査が伝える支持率はそこそこ高く、まずは及第点というところか。ある調査によると、支持率が最も高いのは18歳から29歳の大卒者だという。とはいえ市長を支持する人たちの間にもいろいろな意見がある。 選挙期間中にマムダニは市の予算の0.5%を公共図書館に充てることを公約したが、発表された暫定予算では0.39%相当しかなく、同様に予算の1%を公園局に充当する公約に対して、暫定予算ではその約半分しかないことに対する反発が大きい。パブリックの美徳を何より強調する市長の約束と違うではないかというわけだが、これは決着のついていない予算の行方次第かもしれない。 大企業の上層部では経済開発に熱心ではない市長との見方が広がりつつある。経済開発公社のトップがいまだ任命されていないこともある。傍目にみても資本のファシリテーターというべき公社だが、経済をめぐる公正さを実現する組織へと改編するのが市長の考えだと伝えられている。任命された都市計画局の局長が、従来のように経済開発の背景をもってはおらず、人種上の平等性に働きかけてきた人であることも注目されている。 マムダニ市長の就任によって、ビジネスは市を離れ、富裕層が大挙して税金の少ないフロリダに引越すことになるだろうと言われたものの、少なくともこれまでのところその気配はない。ウォール街は依然調子よく、マンハッタンでのオフィス建設計画は後を絶たない。むしろニューヨークを離れているのは労働者階級の人たちであり、それこそ心配すべきだというのが市長の考えのようだ。看護師などの「ニューヨークを動かし続けている」ニューヨーカーの多くが市内に住む余裕がなく、近隣のニュージャージー州やコネチカット州から通勤している状況を、ニューヨークの博物館化だと市長は懸念する。自宅から15分以内にコーヒーショップがあり、そこで働く人が自動車を一時間運転して通勤しているとしたら、それは「15分都市」ではなくテーマパークなのだとこの市長は言ったこともある。 個人的に関心をもってみているのは、市が利用するテクノロジーに関して、外注をやめてインハウスへと移行しようとしていることである。経費削減とともに有能な職員を有効活用する意図があるという。組織に欠かせない知識を外注し、タコ糸を操るような管理型テクノクラシーがいよいよ曲がり角に差しかかっているというべきか。あちこちでタコ糸が切れているわけだから当然といえるのかもしれないが。 わからないところもある。治安の問題に関して「コミュニティ安全室」を設置したが、具体的にどのように機能するのか現時点では正直よくわからない。なにしろまだほぼ100日である。 (おわり)
yoshiさん