MANGA ART HOTEL TOKYO
レポート
2019.08.19
カルチャー|CULTURE

MANGA ART HOTEL TOKYO

“泊まれる本屋”から“一晩中マンガ体験”=「漫泊」へ。
「MANGA ART HOTEL(マンガアートホテル)」が神保町エリアにオープン!

近年、“泊まれる本屋”がコンセプトの「BOOK AND BED TOKYO」や「箱根本箱」など、ホテルと書籍を組み合わせた業態が各地に増えている。そんな中、マンガに焦点を当てた「MANGA ART HOTEL」が、2019年2月1日、本の街・神保町にオープンしたので、取材に行ってきた。

最寄り駅は「小川町」。靖国通りから1本入ったところに2017年9月に竣工した「LANDPOOL KANDA TERRACE(神田テラス)」の4F〜5Fにある。 この「神田テラス」は、建築家の小山光さんが代表を務める建築設計事務所キー・オペレオーションが手がけたもので、“それぞれのテナントがもっと街に関わることができるような空間”を意識して、大胆にも前面道路に面して立体的な垂直ガーデンテラスを配した提案が、2018年のグッドデザイン賞を受賞したユニークな建物だ。

同ホテルのコンセプトは、ただひたすらマンガの世界に浸る“一晩中マンガ体験”=「漫泊」。レセプションのある5階のエレベーターの扉が開くとすぐ、トランスペアレントなネオンカラーのカウンターが目に飛び込んでくる。

「神田テラス」には同ホテル以外にもコスプレホテルや忍者ホテルといったコンセプチュアルなホステルの運営で知られる「bnb+」などが入居している。
コンセプトである「漫泊」の2文字があしらわれたフロントのカウンター。
ガラス張りのドアを開けてさっそく中へ。フロアの端から端まで立体的に広がる本棚に、ところ狭しとマンガが並ぶ。『AKIRA』や『BANANA FISH』といった過去の名作から『月に吠えらんねえ』といった現在連載中のマニアックなマンガまで、その数実に5000冊。うち1000冊は英語版だそう。

マンガが密集しているものの、白を基調としたスタイリッシュさのおかげか、圧迫感はそれほど感じない。本棚には押入れのようなベッドユニットが組みこまれ、感覚としては“本棚のなかで眠る”といった具合。同じビルの階下(3F)に中華料理店(「本格台湾料理 龍福軒」)があるとは思えないくらい静かで落ち着いた空間だ。

『AKIRA』などの名作マンガも多数。
白を基調とした明るく開放感のある空間で、狭さを感じにくい造りになっている。
フロアは4階が女性(16室)、5階が男性(19室)と男女別で分かれており、選書もフロアにあわせてガラリと変わるが、そもそも男性向け/女性向けという単純なカテゴライズができない作品を多く取り揃えるなど、意識的にジェンダーニュートラルな構成にしているという(たとえば先述の『月に吠えらんねえ』は、読者が男性か女性かではなく、純文学好きか否かがひとつの大きなフィルターになっている作品だ)。

こちらは女性フロアの本棚の一部だが、男性フロアの本棚といわれても納得のラインナップ。
手を伸ばせばすぐそこにマンガがある、マンガ好きにはたまらない設計。

ひたすらマンガの世界に没頭!スマホと離れて作品とじっくり向き合うマインドフルネス的時間を提供

「日常を忘れ、マンガの空想に浸ることができる空間を実現したのがこのホテルです。スマホや電子書籍が当たり前になった今の時代だからこそ、アナログのマンガ体験を重視しています。本を両手で広げて読む。スマホと離れて作品とじっくり向き合う。そういうマインドフルネス的時間を過ごしてもらいたくて、カプセルホテルのような白い空間をつくりました」。

こう語るのは、同ホテルを立ち上げた御子柴雅慶(みこしばまさよし)さん。もともと楽天に勤務していた御子柴さんは、2014年に寝具メーカーのコンサルタントとして独立。ECでは高品質な布団の魅力を伝えづらく、なかなか売り上げが伸びなかった中で、寝具メーカーが持っていた物件をホテルとしてリノベーションし、そのホテルで寝具を体験してもらう事業をスタートさせた。すると寝具が売れる以上にホテル業自体が好調となり、これに手応えを感じた御子柴さんは、AirbnbやBooking.comに登録している宿泊施設の運営代行会社である「株式会社dot」を設立。今回の「MANGA ART HOTEL」は、同社がコンセプトメイキングから内装まで手がけた初のホテルだ。

同ホテルの共同代表である御子柴雅慶さん(右)と吉玉泰和さん(左)。
“閉じられた空間でマンガを読みふける”というと、いわゆる「マンガ喫茶」を思い浮かべるが、それとはどう違うのだろうか?

まず大きな違いとして御子柴さんが挙げたのは、ホテル=宿泊施設であるという点だ。宿泊施設予約サイトに登録されることでレビューが集まり集客につながること、そして海外からの旅行客にもリーチできるのが大きなメリットだという。 さらに、マンガ喫茶とはまったく異なるマンガとの出会いがあるのが同ホテルなのだと御子柴さんは話す。

「マンガ喫茶って、背表紙が見えるように棚に漫画が並んでいますよね。あれって、マンガの続きを読みたい人向けだと思うんです。でもここでは、作品解説プレートをマンガと並べて置いたり、表紙を見せるような配架をしたり、マンガの見せ方を工夫して、“新たなマンガとの出会い”を求めている人が満足できるようにしています。何より違うのは、気に入ったマンガを購入できる点。うちは本屋の一種という意識もあるんです。だからきれいな状態を保つために飲食物も水以外は置いていません」(御子柴さん)。

同ホテルには御子柴さんと、もうひとりの共同代表である吉玉さんが読んだことのあるマンガ作品のみ置かれている。オープンにあたり約5000タイトルほど読み込み、約600タイトルを厳選したため、オススメの作品を聞かれたらすぐ答えられるし、ほかの作品と比較しながらその本の魅力を語ることもできる。マンガの横に並ぶ解説プレートもすべて自筆のものだという。外部のコンシェルジュなどに委託せず、100%御子柴さんたちのキュレーションというのがポイントだ。

宿泊施設はメディアでもあると思っています。来てくれた人に対してオフラインで価値を提供できる場にしたいから、ちゃんとお客さんに対してそれぞれのマンガの魅力を伝えられる場であり続けられるようにしたいですね」(御子柴さん)。

一作ごとに御子柴さんや吉玉さんによる作品紹介が付けられている。

MANGAのインバウンド需要は、英訳されていないニッチな作品だった!

大学で国際政治学を学び、在学中から独立後までの期間で海外50都市はまわったと語る御子柴さん。さまざまな国の人とコミュニケーションをとるうちに、もともと大好きだったマンガが世界のあらゆる場所で通じるグローバルなカルチャーだということに気づいたという。

「海外の人と交流するとき、いくら英語ができても共通のネタがないと会話が弾まないんです。日本発で世界のどこでも通じるネタってなんだろうと考え、すぐ頭に浮かんだのがマンガ。世界各地をAirbnbで巡ったときや、日本のゲストハウスで海外のお客さんを迎えたとき、あらゆる場面でマンガがコミュニケーションの入口になりました。思ってた以上にマンガに詳しい人も多く、訪日外国人はたとえば押見修造さんとか、日本人から見てもツウ好みな作家も案外知っているんですよ」(御子柴さん)。

東京オリンピックを目前にひかえ、急ピッチで進むインバウンド政策。同ホテルでも同じマンガの日本語版と英語版の両方を置いたり、作品解説も英約を併記したりと日本語に詳しくない海外の人でもマンガを楽しめる工夫を施している。しかし実際のところ、海外のお客さんが手に取るのは日本語版であることも多いという。

「本当にマンガが好きな海外の方は、マンガを読むために日本語を勉強していることも少なくなくて、なかには日本語版と英語版を同時に開いて読み比べる上級者もいます。最初は英語版をたくさん置くことも検討しましたが、実際運営していくうちに、英訳されていないニッチな作品を置いたほうが客の満足度も高いのではと感じるようになりました。海外のマンガファンが日本に来ると、本屋で日本語のマンガをバンバン買うんです。日本人のお客さんにも、やっぱりマニアックなマンガの方が好評です」(御子柴さん)。

ちなみにオープンから5ヶ月ほど経った現在、海外からの宿泊者の割合は約35%。特にアメリカ、ドイツ、イギリス、オランダ、フランスなど欧米諸国からの宿泊者が圧倒的に多いのが特徴で、アジア圏では台湾からの宿泊者が比較的多いという。

ドラマ化でも話題となった『昭和元禄落語心中』の英語版。現在ではさまざまなジャンルのマンガ作品が翻訳されている。

目指すのはマンガの文化的価値を高められるプラットフォーム

ここ数年、仏ルーブル美術館がマンガを「第9の芸術」と位置づけコレクションの拡充に力を入れたり、今年5月〜7月は、英国大英博物館で過去最大規模のマンガ展「The Citi exhibition Manga」が開催されるなど、海外では、“Manga/マンガ”をサブカルチャーではなく、文化として再考する動きが活発になっている。

「日本ではマンガの文化的立ち位置がそれほど高くない」と御子柴さんは考えており、同ホテルでの活動を通して日本におけるマンガのイメージを変革したいと話す。「たとえば、マンガを選書するときには、装丁デザインや内容が“アート的魅力”を持ちあわせているかどうかという点も重視しています」と御子柴さん。

「マンガ」ではなく「MANGA」とアルファベット表記した背景には、マンガの価値を海外で語られる「MANGA」と同等、あるいはそれ以上に文化的な価値があるものに引き上げたいという思いが込められている。 今後の展望としては、まずは2店舗目をつくることで、できたら、新築で1棟丸ごと「MANGA ART HOTEL」としてオープンし、飲食業態も併設する構想だという。

「マンガの魅力を発信する同ホテルのようなプラットフォームを増やすことで、マンガを読んでその魅力を伝える“マンガソムリエ”という職業も新しく創出したいですね」(御子柴さん)。

本のなかでもマンガに特化した同ホテルのように、あるコンテンツ一点突破型の宿泊施設の多様化・細分化が進行し、この先増加していきそうだ。

【取材・文/石川聡子+『ACROSS』編集部】


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