結いのおと
レポート
2018.06.12
カルチャー|CULTURE

結いのおと

「音楽フェスでまちおこし」の理想形
市街地に魅力的な建物が数多く残る結城市の特性を最大限に生かしたフェス

国の重要無形文化財にも指定されている絹織物・結城紬で高名な、茨城県結城市。その結城市で2014年から「結いのおと」という名の音楽フェスが開催されているのをご存知だろうか。

筆者がこのフェスを知ったきっかけは、今年の3月に開催されたAmazon Fashion Week TOKYOだった。参加ブランドの「KUON(クオン)」のファッションショーで生演奏を披露したハンドパン奏者の久保田リョウヘイさんについて調べていたら、久保田さんが出演予定となっていたのだ。

2018年3月に開催されたAmazon Fashion Week Tokyo。「KUON」のショーでモデル兼奏者を務めたハンドパン奏者の久保田リョウヘイさん(写真中央)。
そこで他の出演者もチェックしてみると、トクマルシューゴさんやtofubeatsさん、韻シストなど、かなり豪華な布陣! しかも、このようなフェスが茨城県で最も人口の多い水戸市ではなく、伝統工芸のイメージが強い結城市で開催されていることにも非常に驚かされ、4月8日のフェス当日を取材することにした。

「結城の商店街は後継者が不在でどんどん高齢化が進んで活気がなくなり、シャッター街になっていました。それに生活者向けの店舗ばかりで、来訪者の受け皿がない現状をなんとかしたかったんです」。

そう語るのは結城商工会議所の職員であり、同フェスを運営する「結いプロジェクト事務局」の野口純一さん。9年前、野口さんが三セクのまちづくり会社「TMOまちづくり結城」の事業担当に就任したのをきっかけに、「結いプロジェクト」というまちおこしのチームが始動した。

「結いプロジェクト」の野口純一さん。着用したTシャツは、「結いのおと」×FREAK'S STOREのコラボ商品。
「最初は音楽のフェスではなく、結城の地域資源、たとえばお祭りの中心となっている神社を会場に使ったマルシェ「結い市」を計画しました。自分たちが好きな飲食店だったり、結城紬とかの作家さんだったり、いろんな人たちが集うマルシェをやりたかったんです」(野口さん)。

「結い市」は初年度こそ神社の境内のみでの開催という小規模なものだったが、2年目以降はまちなかの蔵造りの建物や酒蔵、空き店舗などを会場として活用し、参加者がまち全体を回遊するような仕組みに変化。さらに4年目には期間中に青谷明日香さんやAKEBOSHI/明星さんなどのミュージシャンを招いて神社などでライブを開催したそうだ。

その後、毎年音楽ライブを開催するようになり、ミュージシャンとのネットワークがどんどんと広がるなかで、次第に音楽に特化したイベントを構想するようになっていったという。

都内に一極集中している若いカルチャー好きやファッション好きを、音楽をフックに結城に引っ張ってくるようなまちづくりができたらと思ったんです。そういう人たちがSNSとかで発信してくれることで、聖地化ではないですけど、結城のブランド力を高めるのが狙いでした」(野口さん)。

2014年の第1回から数えて5回目となる今回は、初めて2日間開催。来場者数は合計約2,000人で、関東圏からはもちろん、関西方面からの来場者も非常に多かったそうだ。チケット代は1日6,000円、2日通しで11,000円だ。

2日間にしたことでよりイベントの規模も大きくなり、手紙社やFREAK’S STOREといった企業とのコラボレーションも実現。企業の力も借りて発信力をアップし、かつグッズなどで収益も得られるようになったという。

ちょうど結城市に「手紙社結城ファクトリー」をオープンしたばかりの手紙社。「結いのおと」への出店は初めて。
フードコーナーは公募ではなく、野口さんたちが厳選して声をかけた店のみが出店。こちらは移動販売のピザ専門店「ピザかまねこ」。
出演者は上記のミュージシャンのほか、過去に「結い市」にも出演したことのある青葉市子さん、関取花さん、EVISBEATSの3組、さらにKAKATO(環ROY×鎮座DOPENESS)、WONK、TENSAI BAND Ⅱ、ZOMBIE-CHANGなど、気鋭のミュージシャンばかり。どの会場も満員で、一体感と熱気に溢れていた。

WONKの会場は「Café La Famille」の庭。MCに対して鳥小屋の鶏が返事をするというハプニング(?)も楽しかった(photo by Takumi SANO)。
MASSAN×BASHIRYの会場となった結城酒造の酒蔵は、安政の時代に建造された歴史あるもの(photo by Takumi SANO)。
そして「結いのおと」最大の特徴が、市街地に散在するライブ会場だ。たとえば今回の会場は、お寺(弘経寺)、酒蔵(武勇酒造、結城酒造)、飲食店(Café La Famille、御料理屋kokyu)、結城紬の問屋(奥順つむぎの館、奥順新座敷)、取り壊し前の銭湯(喜興の湯)。なかには、およそ音楽フェスのイメージとは結びつかないような、国の有形文化財に登録されている歴史的な建物もある。

「結い市」と同様これらの会場を参加者が回遊する仕掛けは、
音楽を通して一緒にまちも知ってもらいたいという野口さんたちの思いが色濃く反映されている。実際にまちを歩いてみると、会場以外にも次々に魅力的な建造物が現れ、ワクワクした。

取り壊し前の銭湯「喜興湯」で演奏した久保田さん。音の響く銭湯とハンドパンの組み合せが素晴らしかった。
まちを回遊してみると、明治〜大正期に建てられた貴重な建造物が次々と現れる。店舗として利用されているものも少なくない。
同フェスは、野口さんに加え、結城市出身の建築家であり「結いプロジェクト」のリーダーでもある飯野勝智さんが中心となって運営。そのほかにも、自治体の職員だけでなく、グラッフィックデザイナーやカメラマン、教師、IT企業の会社員、結城紬の織子など、さまざまなボランティアスタッフたちが運営を支えている。

とはいえ、地元の人々からは最初、「何をやっているのかわからない」という言葉も多くあったという。しかし野口さんたちが地域のイベントなどに細々と参加して行くうちに信頼関係が生まれ、回を重ねるごとに理解を得られるようになり、いまでは地元の人々から自発的に「ウチも使っていいよ」という言葉をもらえるまでになったそうだ。

韻シストの会場は「奥順 つむぎの館」。国の有形文化財に取り囲まれてのライブは特別な体験(photo by Takumi SANO)。
トクマルシューゴさんの会場は浄土宗の関東18壇林のひとつである「弘経寺」(photo by Takumi SANO)。
「結いプロジェクト」の活動に呼応するように、徐々に多様な人々が結城に集まり始めているそうだ。たとえばTMO結城が運営するシェアオフィスの「yuinowa(ユイノワ)」には、IT企業、設計事務所、デザイン事務所、写真屋の4企業が入居しているほか、同オフィスに併設されたコワーキングスペースも、フリーランスの人や学生たちに日常的に利用されているという。

また、昨年秋には「yuinowa」の1階部分に喫茶店「イチハチサン」がオープンしたり、フェス当日の4月7日には、商店街の入り口近くにかき氷屋「氷屋105」がオープンしていた。ちなみにかき氷屋のオーナーは、「結い市」のスタート当初から出展者として参加していたそうで、まさに「結いプロジェクト」から生まれたお店と言える。

かつて呉服屋だった建物をリノベーションしたシェアオフィス「yuinowa」。
フェス参加者だけでなく、地元のお客さんも多かった「氷屋105」。
「類は友を呼ぶじゃないですけど、結城という場所の許容範囲が広がって、若い人たちに集まってきて欲しい。そういう人の流れをまちの新陳代謝をうながす起爆剤にして、定住化促進や新規出店者など新しい街をつくるきっかけにしたいですね。結城は元々モノづくりのまちですし、クリエイティブな活動を続けることで同じ価値観を持つ仲間がまちに増えていったら最高です」(野口さん)。

大トリを飾ったtofibeatsさんの会場は「御料理屋 kokyu.」。入場制限を上回る観衆が詰めかけたが、会場の外も大盛り上がり。ちなみに同店のオーナーは結城市出身で、「結いプロジェクト」の活動に共感したのがきっかけで地元に店を開いたそうだ(photo by Takumi SANO)。
近年、音楽フェスでのまちおこしが各地で盛り上がりを見せている。たとえば長野県松本市で開催されている「りんご音楽祭」や、以前『ACROSS』でも取材した「鉄工島フェス」など、さまざまな趣向のフェスが全国で開催されている。

しかしその多くは海や山の近くの野外、あるいは市街地のライブハウスやクラブが会場になったもの。また、古民家を会場にしたフェスは愛知県知多市の「古民家フェス」や群馬県太田市の「文化財フェス」などいくつかあるが、街中の建造物を回遊させる仕掛けは「結いのおと」独特のものといえる。市街地に魅力的な建物が数多く残る結城市ならではの同フェスは、まちの特性を最大限に生かしたまちおこしのモデルケースとして、今後もさらに存在感が増していきそうだ。

【取材・文:大西智裕(『ACROSS』編集部)】

来場者ミニインタビューはこちら↓ 
カコさん、カサネさん、ツルピーさん、ケンケンさん(全員大学生)
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コウタさん(21歳会社員)、カワダさん(31歳/会社員)
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鍋谷さん(DJ)親子
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ナシミさん(28歳/アパレル)
イマエダさん(28歳/事務)
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