シブヤ大学、開校

シブヤ大学、開校

レポート
2006.09.22
カルチャー|CULTURE

区内在住在勤者以外にも門戸を拡げた、
ユル〜い感じの市民大学の開校

「遊ぶのがいちばん楽しい街は、学ぶのがいちばん楽しい街になれる」
そんな思いをもとに、“シブヤが大学になる”プロジェクトが始まった。これは、渋谷区民に限らず誰でも無料で受講でき、講座の開催も随時(月1回ペースの予定)、講師も有名人からその道の専門家、一般の人とジャンルにこだわらず広く募っていくという、ユル〜い感じの市民大学をイメージしてもらえば実像と近いかもしれない。

「同プロジェクトは、もともと、NPO法人グリーンバード(※1)設立者であり渋谷区議会議員でもある長谷部健さんが何年も前から構想していたものなんです」と言うのは、同プロジェクトの運営のために設立されたNPO法人シブヤ大学の学長、左京泰明さん(27歳)。


左京さんは、「仕事を通じて社会に夢や感動を与えたい!」という想いを形にするため入社3年で大手商社を退社。その後、長谷部さんと出会い「今、日本は明治維新の頃と同じように、社会が新たな方向へ大きく変わり始めている。その流れをより盛り上げていきたい」というビジョンで意気投合し、「渋谷にある資源、例えば人や建物そして情報発信力。それらを有効活用し新しい教育の仕組みを創る」というコンセプトを具現化しようというシブヤ大学プロジェクトに参加。同プロジェクトに可能性と、今後の自らの方向性との一致を強烈に感じ「私にやらせてください!」と、自ら学長に名乗りを挙げたのだという。


「“学長”という肩書きはネーミングで、ふだんの仕事は、ベンチャー企業の経営者と似ていると思います。組織の方向性を決定したり、事業の企画、法人営業、経理や法務など、全てに携わります」(左京さん)。

同法人の活動は、渋谷区との直接契約ではなく、株式会社渋谷サービス公社(※2)の生涯教育事業の一環として業務委託契約を締結している。その他にも、同プロジェクトの趣旨に賛同した企業からの協賛金(=法人会員費と呼ばれる。1社あたり年5百万円)の他、物的支援やノウハウ提供というものも今後積極的に受けいれていく予定だ。

(※1)NPO法人グリーンバード 原宿・渋谷を中心に活動するエコロジー団体。http://www.greenbird.jp/)
(※2)株式会社渋谷サービス公社 渋谷区が資本提供し、区内の公共施設の運営・管理などの企画・運営を行う会社 http://www.ss-kousya.com/

左からMC、新宿区教育委員会の非常勤職員
でもある乙武洋匡さん、シブヤ大学学長の
左京さん、横浜市立東山田中学校の本城愼
之介校長
三洋電機代表取締役会長野中ともよさんの
講義の後は、GAKU-MCさんを司会に大橋マキ
さんと小林武史さんがapbankの活動のきっ
かけを語り、最後は歌手のsalyuさんのライ
ブが催された。
9月2日、明治神宮会館大ホールで開校式に参加した。集まった「生徒」はホールいっぱいの約1,500人。左京学長の開校挨拶が終わると、キーンコーン、カーンコーンという懐かしい学校のチャイムが会場に鳴り渡り、いよいよ授業が始まった。

最初の授業は「子供の教育、大人の教育」と題したトークショー形式のもので、講師は、新宿区教育委員会の非常勤職員として「子どもの生き方パートナー」を務める乙武洋匡さんと、元楽天副社長で現在は横浜市立東山田中学校の校長を勤める本城愼之介さん。ふだんの活動を通じて「子どもたちのコミュニケーション能力不足」を感じていると言う乙武さんは、手探りながらも体当たりで新しい教育を探していこうという姿勢にたいへん共感を覚えた。対して、本城さんは大型プロジェクターを使い、自分なりの教育理念を熱く投げかける。例え話をまじえながら「正解より回答、思考より試行」など説得力のある言葉で生徒たちの心をがっちりと掴んでいた。実際、授業終了後に何組かの生徒にインタビューしたところ、「共育は人が人をはぐぐむという話が良かった」(35歳・女性・メーカー勤務)をはじめ、この日いちばんためになったという意見も聞かれた。

2番目の授業は、元ニュースキャスターで現在は三洋電機代表取締役会長を務める野中ともよさんが講師。いかにして「お金を稼ぐこと」と「環境を守ること」をシンクロさせていくかという、世界的なメーカーとう立場からのグローバルな視点を持った彼女ならではの切り口が興味深かった。

初日の最後は、GAKU-MCさんを司会に、大橋マキさんと小林武史さんが「apbank (※3) dialogue(APバンク・ダイアログ)」の活動を紹介する一環として、環境活動を始めたきっかけなどを語った後、同団体が主催する音楽イベント「ap bank fes'06」に出演した歌手のsalyuさんを迎えてライブが催され、会場は静かな感動に包まれた。

(※3)ap bank。可能性ある新しい未来をつくろうとしている環境プロジェクトに融資を行うという目的で設立された非営利組織  http://www.apbank.jp/


翌9月3日は、5つの会場で様々な授業が行われた。午前中は渋谷区清掃事務職員・村山英樹さんが講師を務めた「今日から私はエコ達人」のクラスに出席。「多くのゴミはリサイクル可能だが、コストの問題で実現していない」「江戸時代はリユース社会で、ゴミはほとんど出なかった」などゴミを取り巻く一般的的な知識を学ぶという一見地味な授業だが、最後の質疑応答の時間になると受講生が積極的に挙手。時間が足りなくなるほどの意識の高さに驚いた。

その後、ラフォーレ原宿が発行する情報誌『GenerationTimes』の編集長・伊藤剛さんが先生の教室へ。日々感じる素朴な疑問や「気付き」をてらうことなく誌面に落とし込んでいく編集方針を、カードゲームなどを通じ生徒たちに語った。授業の後半では、写真家の下道基行さんが登場し、自身の作品集『戦争のかたち』についてのトークセッションへと発展した。

「なぜ戦争遺跡を撮ろうと?」「出会ってしまったのだから仕方ないとしか言えませんね…」。
ピザ配達のアルバイト中、偶然見つけた廃虚(戦時中の軍事施設)に強烈な印象を受け、以後ネットなどで情報をあつめ、全国に残る『戦争遺跡』を写真に収め続けているという下道さん。

「自分の興味ある方向に、もっと素直に積極的に動き出したいなという気持ちが持てました」(24歳・男性・学生)、「構えた感じがしないお話で親近感が持てました」(29歳・女性・会社員)と参加者たちは話してくれた。

開校式、授業初日とも、ほぼ定員いっぱいと順風満帆のスタートを切った感のあるシブヤ大学。授業によって若干異なるものの、「生徒」は20代の若い人たちが多かった。おそらく「大学」の授業を聴講した、という意識こそなかったものの、参加者は日ごろ聞けないユニークな話をナマで聞くことができ、満足した様子だった。

2回目のカリキュラムは9月16日(土)。青山ブックセンター本店を教室に、経済産業省に勤務する鈴木英敬さんが「脱・官僚宣言。」と題して、「ステレオタイプな役人のイメージを覆す!」話を披露する他、代官山アドレスでは、ふだんは業界人しか見られない「東京コレクション」を実際に見てみよう、という「大人の社会見学!」(矢内原充志がデザイナーを務めるNIBROLL ABOUT STREET)。国立代々木競技場内にあるSHIBUYA@FUTUREでは、「風呂敷専門店 むす美」の代表、山田悦子さんに、国家プロジェクト「チームマイナス6%」の提唱者である環境省の土井健太郎さんを交えて風呂敷のさまざまな結び方や古来からの「日本のエコ感覚」を紹介するなど、計4ヶ所で5カリキュラムが行われたが、いずれも定員を越える「生徒」で大いに賑わった。

「特定の校舎を持たないシブヤ大学にとってはウェブが校舎みたいなもの。そして渋谷の街すべてがキャンパスです。今後、実際に街にあるカフェやショップと提携するなどして、ウェブだけでなくもっと渋谷という街と連動していきたいと思っています」(学長・左京さん)。

このところ、地域社会への関心の高まりを背景に、小中学校の統廃合による空き校舎の増加や各種教育・スポーツ施設の空き室の利用法などが全国的な社会問題としてクローズアップされる機会が増えている。

慶応義塾大学との共催による港区民大学や、明治大学や女子美術大学などの5つの大学との包括協定を締結した杉並区民大学、東京工業大学との提携講座を運営する目黒区民大学など、地元の大学との協業によるものをはじめ、NPOやボランティア等多くの区民と(財)アカデミー文京が協働で企画・運営する文京区民大学、講師も講座の企画・運営も足立区民ボランティアというあだち区民大学塾、単発講座から3年間の単位制となった中央区民カレッジなど、実は東京23区だけでもさまざまな新しい試みが始まっているが、参加資格が在住・在勤者に限られていたり、内容も教養や趣味の範疇のものが多いのは否めない。しかも、平日の昼間の講座がほとんどとなると、参加者はフリーターか専業主婦、リタイア層がメインになってしまうのは当然のことだろう。だからといって、ターゲットを若者やOL層、ビジネスマン等に拡げるために、運営を民間企業に委託するなどして、彼女・彼らに人気の有名人を招けばいい、という単純なものでもないのも周知の事実である。

シブヤ大学は、直接自治体が運営するものではない利点を活かし、渋谷区在住・在勤者に限らず、年齢や性別、国籍など自薦、他薦を問わない人々から、アカデミックに寄り過ぎず、既存の生涯学習の枠を取っ払ったオールフリーのスタンスで、先生や授業内容を募集している。既に事務局には「ビデオレンタルショップに勤めていますが、マニアックな映画の紹介をしたい!」や、「小学校の教師を定年退職したが、その経験を生かし、街の若者たちに算数を教えたい」、「知り合いに古着についてもの凄く詳しい人がいるので、目利きの先生として推薦したい」など、ユニークな申し込みが集まり始めているというから、やはり“シブヤというイメージ装置”は健在といえそうだ。

今はまだ確固たる姿が見えてこないシブヤ大学だが、それぞれの経験や知識・教養に基づいたその道の専門家=「街の先生」が増え、それらに集まる「生徒」が増え、さらに渋谷の店や街と融合していけば、新しい学びの場として定着していくかもしれない。

「今のところは若者向けのカリキュラムが多いのですが、今後はリタイア後に何かしたいと思っている団塊の世代にもアプローチしていきたいですね。また、区内の商店とのコラボレーションとか、やりたいことがいっぱいです! ゆくゆくは区の教養・教育事業へのソフト提供もしていけるようになりたいですね」(学長・左京さん)。

今後の授業は毎月第3土曜に開かれていく予定。
http://www.shibuya-univ.net/


[取材・文/福田健一(フリーライター)+『WEBアクロス』編集室]


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