「monogram(モノグラム)」

「monogram(モノグラム)」

レポート
2008.04.03
カルチャー|CULTURE

フィルムの色やニュアンスにこだわった新しい写真屋さんの誕生

まるで雑貨店のような店内のディスプレイ。
富士フイルム社製のフィルムカメラ「NATURA
(ナチュラ)」も販売されている
まちの写真屋さんにもあるプリント機械。
ここでは、自分の好きな色味に設定し、
好きな紙にプリント可能だ。
プロのフォトグラファーに人気の
「AGUFA(アグファ)」。つい
先日フィルム事業を復活し話題に。
今はなき「ハーフカメラ」も、「女子カメラ
愛好家」の間で人気上昇中とか
2階はサロンスペース。SNSで出会った
「女子カメラ愛好家」を中心に、週末はオフ
会が開かれている
 東急東横線「学芸大学」駅から徒歩約1分。駅前商店街から住宅街に入る際のあたりの一角にあるカメラショップ「monogram(モノグラム)」。このショップに今、全国のフィルムカメラを愛する人々から注目が集まっている。

フィルムカメラのショップと聞くと、メカ好きカメラ好きのオトコっぽい空間を想像しがちだが、モノグラムはアンティークの什器に旧くて愛らしいフィルムのアナログカメラやフォトアルバムなどが並んでいて、雑貨/インテリアショップといった方がしっくり来る趣だ。

写真屋さんにはつきもののカウンターはない。店の奥には、街のラボ屋さんにあるふつうのプリント機が存在感を放っている。このマシンを使って、通常の写真プリントのほかに、お客さん自身が写真のプリント作業を体験できる写真屋さんなのである。

「僕らが提供しているのは“フィルムの特徴を生かすプリント”なんです」と言うのは、オーナーの佐藤嘉宏さん。

「うちは写真のプリントの価格も、ふつうと同じくらいかやや高いくらい。でも最高級のフォトペーパーまで、いろいろな紙が選べるんですよ。今はどこのカメラショップでも光沢紙しか置いていないでしょ? プリントも、明るさやトーンなど、接客をしてお客さんの要望をできるだけ聞くようにしているんです。その中からどんなフィルムを使ったのかとか好みをいろいろ聞いて、アドバイスもします。また、週末に店内で“ラボ体験教室”をやっていて、受講者には修了証をお渡ししています。これを持っていればウチのプリント機を時間貸で利用することができるんです。自分でモニターを見ながら操作した方が、微妙なニュアンスを再現できますからね。AGFAとかコダックとかフジとか、フィルムごとの特徴もはっきりと出て楽しいですよ」(佐藤さん)。

実は、佐藤さんは、写真集の出版や写真関連雑貨のプロデュースを手がけてきたプロジェクト「カメラピープル」のプロデューサーでもある。00年に『ポラロイド・ライフ』(ピエ・ブックス刊)の編集に携わったことをきっかけに写真の世界に触れ、カメラや写真を愛してやまない人々を紹介するプロジェクトを企画・運営。イベントやカメラ好きの交流のためのSNSを開設し、やがて読者となるであろうカメラユーザーの不満を解決しようとしていた結果、今回のショップのオープンに至ったというわけだ。

「このプリント機はふつうの写真屋さんにある富士フィルム社のものです。メーカーで研修を受けて使い方を教えてもらったら、実はいろいろなソフトがあって、自分の好みでいろんなことができることが分かったんです。それならもう皆に開放した方が面白いじゃないかということになり、誰もが触って操作できるようにしました。写真は結局、最後に形になるプリントが大事だと思うんですが、ふつうの写真店ではメーカーが“綺麗な写真”とする標準的なクォリティの写真を、機械が自動的にプリントしてしまうんです。そこには、フィルムもカメラも関係がないんです」(佐藤さん)。

確かに、プリント機が高性能化する一方で、街の写真屋さんでは省力化が進んでおり、人間がひとつ1つ判断することがなくなりつつある。プリントに関しても、おそらくアルバイトが“自動補正”のボタンを押すだけという店がほとんどだろう。
 
「昨年(07年)に富士フィルムさんの『写真屋さんを変えよう』というプロジェクトに参画させていただいて、全国の写真屋さんを取材してまわったんです。そこで実感したのは今、写真屋さんはユーザーの気持ちとはだいぶ離れたところに行ってしまっているということです。
たとえば、『最近、ブローニー版のフィルムが来るようになったんだけど何でだろう?』なんて言われる。世の中にHOLGA(ホルガ)を買っている人がこんなに増えてるということを、ほとんどの写真屋さんが知らないんです。カメラを買う場所が“写真屋さん”ではなくて、デルフォニクスのような雑貨屋さんになったりしているせいもあるでしょう」と佐藤さんは話す。さらに、

「僕たちはデジカメの普及と平行して、カメラユーザーの中心が一気に女性に変わった、と感じています。その新しいユーザーの要望に従来の写真屋が応えられていないんですよ。これはもう新しい写真屋を作らなくては、ということで10月にショップをやろうと決めて、1月にオープンしました。去年の夏までは、自分が写真屋のオーナーになるなんて考えてもいませんでした(笑)」(佐藤さん)

現在、同店の客層は8割が女性。フィルムカメラのユーザーだけではなく、近所に住むふつうのおばさんやおばあさんも綺麗なプリントを見て喜んでくれているというから、潜在的なニーズは予想以上にあったようだ。

“女子カメラ愛好家”の牽引役となった雑誌『カメラ日和』にしても「カメラピープル」のSNSにしても女性が中心となって、このシーンを形成している。大型カメラショップのセルフのプリントサービスコーナーを見ても、実は、利用者は女性の方が多いようだ。男性はデジタルカメラで撮影した画像をそのまま自分のメディアに保存して、プリンタも買って1人でプリントまでを楽しむケースが多いようだが、女性は、プリントは写真屋に任せたいというニーズが強いのだという。

写真屋には女性の方が行くようになっているのに、女性ユーザーにとって街のカメラ屋さんはむしろ入りづらい場所というのが現実。プリントをしに行っても、ついで買いできるような魅力的な商品が置いてあるショップは稀で、アルバムやフォトフレームは、出入りのフィルムメーカーがセレクトした「写真用品」をそのまま置いているだけ。これではユーザーのニーズとはかけ離れていくばかりだ。

「うちは“デルフォニクス”さんにもフォトアルバムなどの商品を扱ってもらっている経験から、ああいうところにプリント機があったらすごく楽しいだろうな、というイメージで雑貨などの品揃えを充実させているんです。物販もプリントと負けないくらいの売上がありますよ」(佐藤さん)。

物販の方でも利益が上がれば、写真屋さんはビジネスとしても効率がいいものになるはずだ。新しいビジネスモデルが提示されれば、全国の若い人の中にも写真屋をやろう、という人が出てきて、プリントをする人も増える。写真を楽しむ人が増えればマーケットも拡大する可能性はまだまだある。

デジカメ、ケータイ、プリクラなど、手軽で多様化した写真メディアを享受してきた世代ならばなお、写真でコミュニケーションのツールとして遊ぶことに慣れている。だからこそ、アナログカメラやトイカメラなどの応用編の楽しさに進むことができるのかもしれない。そこで、次はいかに写真を共有するかというメディアや場所へと関心が広がることになる。

「ショップの2階はライブラリーのスペースで、そこで現像を待つこともできます。一般の方のフォトブックを置いているんですが、それがどんどん増えているんですよ。現在は写真集や雑誌なども置いていますが、いずれフォトブックだけの閲覧スペースにしようと思っています。今後はそちらを“フォトブック1万冊!”みたいに強化して、お茶も飲めるスペースに進化させていきたいと思っています」(佐藤さん)。
 
 確かに写真作品を鑑賞する時、私たちは雑誌でもプリントでもまず紙に乗った状態で見るわけで、そうした質感はモニター上のデータで見た時には再現しきることができない。モニターやデジカメ上の画像では感じることのできない風合や微妙な色を、フィルムのプリントでより楽しむことができる。ギャラリーでフレームに入れた写真作品として鑑賞する以外にも、フォトブックや写真集というカタチで、作者の提示する流れや文脈ごと写真を楽しむというのも一つの楽しみ方だろう。事実ライブラリーに置かれていた一般ユーザーのフォトブックには、ハッとするような面白い作品がいくつもあった。

こんなふうにそれぞれのイイ写真をいろいろなかたちで共有することで、多様な写真の楽しみ方が広がってくるのではないだろうか。90年代にコンパクトカメラを操る“HIROMIX(ヒロミックス)”が登場し、ガーリーフォトが写真のあり方を広げたように、新しい才能が生まれてくる可能性だってあるかもしれない。

 「カメラピープル」のSNSから生まれたグループが、写真を見ることのできるカフェ併設のショップを出店するなど、すでに具体的な動きが全国で生まれているという。今後、カフェや雑貨店など他業種とのハイブリッドで、新しい形態のショップが出てくる可能性もある。

アナログな体温を持つ写真とデジタルな技術の組み合わせによって、新たなコミュニケーションを提供するサービスも生まれるかもしれない。写真のあり方がターニングポイントを迎える今、新たな写真ブームが到来する予感は十分にある。
[取材・文/本橋康治(フリーライター)]

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