

P027 梶谷好孝


展示会も無事終わりました。
今季もまた、沢山の人に支えられてヨシコがあるんだと痛感いたしました。
友人、バイヤーさん、顧客さんも雑誌関係の方も、毎回下さる方も初めていらっしゃる方も含め、いつもいつも本当にありがとうございます。
今季のテーマはノアの方舟です。
テーマはごく簡単なことですが、宗教というものはほとんどが神話からの言い伝えであり、アートも宗教画のパロディが始まりであり、この世の中に生まれました。
「世界創造」、という言葉はとてつもなくでかいです。
ヨシコクリエーションでは、そんな歴史への原点回帰、そして新しい世界創造のきっかけを皆さんが少しでも感じてくれたらいいなと思い、このプロジェクトを始めてみました。
日本は神道、仏教、禅の文化なのであまりピンと来ない方々もいらっしゃるかもしれませんが、何しろ、世界共通語を探し、世界中の人がぱっと見てすぐに感じてくれるものをテーマとして選びました。
旧約聖書は私もきちんと全てを読んだ訳ではありませんが、聖書の寓話に潜む本質的なストーリー、人としての教訓、そんなものが今の時代には必要不可欠な気がします。
ダンテの時代には、本当に天に神がいると信じられていましたが、でないと、現代において宗教という神聖なものはすぐに科学や物理で追いやられてしまいます。
自分を信じる、という事が世界創造につながるという事を皆さんにも実感して頂けたら幸いです。
よしこ
バリというとリゾート、と思う方も多いかも知れませんが、
現地に友人がいるということもあり、現地の人ならではの楽しみも沢山ありました☆
↑KTZデザイナーまるちゃん
↑キンタマーニの絶景
バリの国家が常に目指したのは演出(スペクタクル)であり儀式であり、バリ文化の執着する社会的不平等と地位の誇りを公に演劇化することです。バリの国家は、王と君主が興行主、僧侶が監督、農民が脇役と舞台装置係と観客であるような劇場国家であるような、宗教が土着している雰囲気でした。
また、バリ・ヒンドゥーの世界観は方角によっても支えられていて、とりわけ重要なのが「カジャ」(山側)と「クロッド」(海側)の組み合わせです。カジャとクロッドの対比は、上と下、優と劣、清浄と不浄といった象徴的価値観と密接につながっており、寺院の位置や葬儀の場所、屋敷の構造などが、この対比に従って決められている。また、この秩序観から、人の頭をさわったり頭の上に手をかざすことや左手でカネを扱ったり食事をすることがタブーとされているそうです。
私が行った頃には Idul Fitriという断食明け大祭だったのですが、特に変化はあったのかなぁ。。。祭りは各地で行われていましたよ。
友人はスミニャック(海沿い)に住んでいたので、一泊はウブド(ジャングル)へ。
タナロット寺院(ちょっと怖かった)へ行ったり、なんとラビーナピーチでは野生のイルカに会えました☆うれしー!
猿に会ってご飯あげたりもしました。
なんて書いてるけど、実は私旅行大嫌いなんです。
でも楽しかったし、作り手の多い国にいくとクリエーションのモチベーションも上がりまくりです。
ショップもどんどん勢い上げたいですね。遊びに来てね。
でも、バリで一番良かったのは大好きな友達に会えたこと!!!!!
↑バリにてチィちゃんのそっくりさん発見!!
写真家の荒木ノブヨシさんが、オーストリア科学芸術勲章を受賞されましたのでオーストリア大使館での受賞パーティへ。
勲章を受け取る荒木さん↓
荒木さんはウィーンの現代美術館で一年間、作品展を開催した事があり、その功績を認められての今回の受章という事です。
芸術界では最高位とも言われるこの賞、他にも受賞されたアーティストは確かJonas MekasやMarina GRZINICなどなど。。。
しかも、荒木さんは日本人初(!)だそうです。日本の誇りですね、やっぱり☆
いつまでも元気でいて欲しいです。
本当におめでとうございます!ぱちぱち
私の若い頃は、まさにElephant in the room。 "Elephant in the room"とは、慣用句に基づいたもので、これは誰の目にも明らかな大きな問題があるにもかかわらず、それについて誰も語ろうとせずに避けて日常を過ごすとの表現からの引用です。更には「群盲象を評す」と言うことわざもあり、これは複数の盲人が一匹の象を触ってみて、象とは如何なる動物かと語ってみた逸話に基づいている。同じ象であっても、足を触った盲人は「木である」と言い、鼻を触れた盲人は「蛇である」と言った。「論ずる対象が同じであっても、その印象も評価も人それぞれに異なる」と言う意味である。また、「僅か一部分を取り上げたところで、その事象の全てが分かる訳ではない」 下に嫌われ上に好かれる、またその逆もあり、変態だという人もいれば天才だという人もいる。。 周りが決めれば自分が決めることもあるし。自分で自分の価値がわかりませんでした。 無信仰に近い私たち日本人は、自由という鎖に繋がれているのです。 ただ、 18歳の時に、自分のエネルギーが拡散する前に部屋が狭い。 そんな生意気な感じがしました。 わからないけど、開放してみたい、そんな純粋な欲求がありました。 でも、部屋から出てみたら今度は自由が表現の邪魔をします。だから作り手は各々で枠決めをし、テーマやら何やかんやで理由をつけるんです。 だとしたら、建築家の様に、自分オリジナルの骨組みを作って行かなくては、。そこには勉強という努力が待ってたりして。時代に決められるのなんてまっぴらごめんだ。と若い頃には思っていました。 まっぴらごめんだし、ただのコピーみたいな、ただのちょっとしたアイデア賞になってしまうのを避けるためにフランスへ飛び立ちました。 なぜなら そこにはファッションの歴史全てがあると思ったから。 答えは、それはもう空気に存在していました。 きっと今でも私が感じるのだから、エネルギーを内包する若い世代はもっとあるのでしょうか。。。。 10年かかって一つ思えるのは、自分の資質や才能を生かすのも自分で、 良いことも悪いことも背負って生きるバランスそのものと良く似ています。
Y's Red Lebelにて初のショウピースを作りました。
2年振り。
2年前は完全なコラボレーションという形で、カタログをARAKIさんに撮りおろして頂きました☆
沢山皆さんコラボコラボという世の中ですが、Y'sがデザイナーとコラボするのは初だったそうです。
私はYohji Yamamoto, comme des gar?ons, Vivienne Westwood, Jean Paul Gaultierをリアルに見て育ったファッション世代。
他にMuglerも全盛期、ロンドンではマックイーン、オーエンガスター、チャラヤン、パリではマルジェラ、マークルビアン、ベルギー軍も強かった。
そんな才能溢れるクリエーターを見て育ちました。
今みたいにノリだけで服を作れる時代ではありませんでした。アーティスティックな感性と職人の技術を臨在しているデザイナーズブランドが多かった。
H&Mもなかった。
だから、本当に、心から嬉しいです。
私だって今だに自分で手を動かして物を作ってる。そんな風に創造に原始的でいられる喜びは無限です。
私はクラシックを守りたいと思っています。クラシックとは、作り手としてのクラシック。皆元は職人だったのです。
全てを黒一色で、80年代にパリにて初のコレクションを発表したYohjiさん。
破壊の美を言わしめた日本人代表のデザイナーです。
今季では「魔」を表現したいというY's Red Labelデザイナーの鈴木さんとのセッションで始まりました。
魔法だったり、魔女だったり、人間の見えてる力を超えるということ。
光を選んだのも、永遠に残るような表現を求めて、人間のインスピレーションから思いついた事です。
対象を立体的に浮き立たせるとともに、黒い服はそれらを取り囲む広い空間を想像させる。
始まりと終わりは一つです。
私たちは目に見えないものを形にしていると感じました。
この、コレクションを一緒に作ってくれた方々、見に来てくれた関係者、友人、本当にありがとうございました。